象徴の大黒柱






「ここにいらしたんですか、オールマイト!一緒に食べましょう、三時のおやつ!」


そう言って走りながらおやつが入っているであろう紙袋をブンブン振り回す緑谷少年に「あぁ」と応え、彼を私の隣へと誘った。

「お茶会、しましょう!」

そんな麗日少女の発案でA組の生徒達はもちろん、まさかの相澤くん、そして副担任のあかねはおろか私まで招かれたそのお茶会。春休みだからか少々浮かれているように見える生徒達に若いなぁなんて年寄り臭い感情を抱きながら、少し離れた桜の下で青山少年オススメの紅茶を頂く。うん、これもなかなかに悪くない。

何年と、こんな平穏かつ平和なひとときを味わってこなかったのだろうか。
それを覚悟でこの仕事を選んだのは私だ。自分がヒーローであったことに誰よりも誇りは持っている。けれども寂しくなかったかと言えば嘘になるし、年相応にはしゃぐ同級生なんかを見ていると羨ましいと思ったこともある。

昨年は、本当に色々なことが起こった。
緑谷少年に出会い、教師となり、師から頂いた個性を弟子へと繋げ、そして私のヒーロー人生が幕を下ろした。大変な年だった、なんて一言では表しきれないそんな一年だった。

私の人生を振り返った時、そばにはずっと、ある女性がいた。
私よりも少し年下で、けれども私より何倍も強くて優しい、私の最愛のヒーロー。


「お茶子ちゃん!あっち行こうよ、みんないるよ!」
「ええよ!行こ!」


そんな風に生徒の群れに駆けていく麗日少女と彼女に笑った。彼女の存在に、私は一体どれだけ助けられただろうか。
平和の象徴で、世界の柱で。そう囃し立てられ最強などと謳われていようと、いざ家へと帰れば私もそこらの人と何ら変わりない。

そう、オールマイトはただの人間だったのだ。

そんな私のそばに、彼女はいてくれた。
私がいわれもないバッシングに心を痛めている時は癒して寄り添い支えてくれた。私の体調が悪ければ少しでも回復するよう食事や生活環境を工夫してくれ、私が教職を目指した時も誰よりも喜んでくれたのだ。
彼女なしでオールマイトは語れない。彼女がいたからこそオールマイトは“オールマイト”であれたのだ。


「あっ!マカロンですよオールマイト!それにクッキーも!」
「あぁ、実に紅茶に合いそうだね」
「ここに少し置いて…あかね先生!ここにマカロンがありますよ!」
「えっマカロン!?」
「君の好きな木苺にシトロンフレーバーだよ」
「最高じゃないか!ちょっと待って!」


そう言ってあかねが駆けてくるのと入れ替わるように緑谷少年は「失礼しますオールマイト!」と律儀に頭を下げてから元いた生徒の群れへと戻っていく。


「としの…オールマイト!マカロンは!?」
「今は俊典でいいよ。ほら、これだ。おっ、アーモンドまである。君のために用意されたものみたいだな」
「はぁ、白々しい。あなたがわたしのために買ってきてくれたんでしょ?」
「バレた?」
「当然」


そう鼻を鳴らしながらも子供のような表情でマカロンを美味しそうに頬張る彼女はやはり可愛い。世辞はない。

そう、このあかねこそが、私の恋人だ。
教師と生徒の間に壁はいらないと生徒からの敬語をなくさせ、教師というよりも友達に近いそんな新しい立ち位置を見出したあかね。そんな彼女に生徒達は心を開き、あの轟少年や爆豪少年までもあかねにだけは少年らしいところを見せていると聞く。そんな子を恋人にもてた私は心底鼻が高い。やはり世辞はない。


「これ、麻布にあるマカロン専門店のやつじゃない? とてつもなく高級なやつ」
「そうでもないよ。最近あのお店はリーズナブルのものも増えていてね、君に試してみて欲しかったんだよ」
「てことはよく行ってるわけね、わたしのために」
「恋人の好物くらい好きに食べてもらいたいからね」
「いつもありがとう」
「こちらこそ」


紅茶を啜りながら、マカロンを頬張るあかねから生徒達の群れへと視線を移せば、爆豪少年と緑谷少年が相澤くんに捕縛されていた。いつぞやの仮免試験直後に見た以来のその光景に、思わず声を漏らして笑った。


「平和だね、とても」
「そうね。あなたが守ってくれた平和」
「…いいや。これからは私ではなく、あの少年少女達にこの平和を担ってもらわなくてはいけない。それが頼もしい半分、どこか虚無を感じていてね」
「虚無?」
「私の存在意義ってやつさ。ヒーローを辞め、守る側から守られる側になった。そんな私がここにいる意味はあるんだろうかと、時々思ってしまう」


ヒーローを引退してからというもの、時折こうしてあかねに不安を漏らしてしまうことがある。
強く在らねばと思わないでいられるようになってからは、こうして元からあった自分の弱い部分が顕著に見え、同時に情けなくなっていけない。

はしゃぐ生徒達と、憂う私。
まるで相対するようなそんな光景を、自分を呆れ笑いながら見ていると、マカロンをごくりと飲み込んだあかねが私を見つめるのを感じる。


「なんだか、ほっとけないんだよ。俊典って」
「え?」
「お師匠さんに言われたんでしょ、笑えって」
「!」
「個性があるとかないとか、きっとお師匠さんの中では関係ないと思うんだよ。俊典が俊典であるために、つらくても笑えって言ったんだと思うんだ、わたし」
「…」
「だから、わたしからも言うよ。俊典、笑って」
「!」
「ほらスマーイル」
「ぶへっ」
「ふははっ、変な顔!」
「ひみねぇ」


そう言いながら私の痩けた頬をきゅっと持ち上げて笑ったあかねは立ち上がり、大きく大きく伸びをした。


「俊典がオールマイトであってもなくても、わたしは、俊典が好きだよ」
「! 君って子は…」
「へへっ、じゃあ戻ってくるね!ごちそうさま!」


サッと駆け出し生徒の群れへと溶け込んだあかねを眺めながら、どうしようもなく笑みが零れた。


「私の方が、ほっとけないよ」





fin.