05



相変わらず、私の頭の中には石垣君が居たが、本人とは何か起きるわけでもなく、時は過ぎた。
そしてついにインハイ初日を迎え、広島の会場についた。
熱気と人口密度が多さに嫌気がさしつつも六人のボトルや補給食、色々と準備をして走り回る。
汗がだらだら流れる中テントに向かえば、テント前で安君と井原君が腕を組んで真剣に何かを見ていた。
ライバルでも居るのかと、二人の視線の先を見れば他校のマネージャーが作業していて、スカート姿でかがんでいて正直パンツが見えそうだ。
胸もそこそこ大きいみたいで、二人の好みそうな感じで、誰が見ても下着を見ようとしてるのはまるわかり。
二人の後ろでは呆れた顔をした角田君と井原君が居て、近寄れば角田君が二人に声をかける。


「俺知らんで、鬼来たで」

「鬼? そんなん怖ないわ、今ええ所や」

「もう少しなんです」

『安君、井原君、えらい真剣やね』


なあ、と声をかければ二人は私を見た後、視線を逸らし、お前ら気合入れるでと私に背を向けた。


『後でしばいたるからな、ほんで水田君と石垣君は?』

「水田はテントおるよ、石垣はついさっき箱根のとこに行ったで」

『箱根?』

「挨拶してくる言うて」

『探してくる、また変な事しようとしとったら君が止めてな角田君』

「おん」


安君と井原君を睨んでから、私も箱根のテントがある場所に向かう。
箱根と言えば、強豪校で何度もインハイで優勝している。
私が勝てなかったあの男も今回のレースに出て居るから、会ったら挨拶だけでもしておこう。
なんて思いながら歩いて行けば、石垣君の背中が見えその前に座っていた、私が勝てなかった楽しいレースをさせてくれた人。


『石垣君』

「あ、御堂筋」

『はよテント戻るで…そんで久しぶりやね寿一君』

「ああ」

「へ? 知り合いなん?」

『昔レースで一緒に走ったんや、覚えとる?』

「覚えて居る」

『やっぱりキミも出るんやね』

「俺は強いからな」

『そうやな、まあ、またどっかのレースで会ったら勝負してな』

「ああ」

『ほな、行くで石垣君』


寿一君に背を向け歩き出せば、後から石垣君がついて来て横に並ぶ。
そして何か言いたそうにちらちら見てくるので、なんやの? と見上げた。


「仲ええみたいやな思うて」

『別に仲ええわけやない、一緒にレースで戦って、寿一君だけに勝てなかっただけや』

「そうなんか」

『そうや、箱根大会に出た時に居ってな、練習がてらに参加した、とか言うて、終わった後少し話しただけや』

「名前で呼ぶからてっきり仲がええのかと思うて」

『あー、なんや、名前の方が覚えやすくてそっちで覚えただけや、苗字なんやっけ?』

「福富やで」

『ああ、そうやそうや』


そんな苗字だったな、と思い出せば石垣君が足を止めたので振り返って見る。
拳を握りしめ、顔を赤くしながら私を見て来たのでどないした? と首を傾げた。


「お、俺も名前呼んで欲しいんやけど」

『ハア?』

「一回でええから」

『なんや急に』

「お願いや」

『光太郎君、これで満足やろ?』


石垣君は凄く嬉しそうに笑いおん、と返事したので時間無いから行くで、と言えば小走りで私の横に来る。
ちらっと見ればまだ嬉しそうな顔をしたままで、なんだか私まで笑ってしまった。

テントに戻ってから最後のミーティングをして、たまには飴もやらんとな、と並んでる六人の後ろに立つ。
一人一人に頑張るんやで、と声をかけそっと背中を押せば皆その反動で動き出し、返事をしてテントから出た。


***********


結果はとてもじゃないがいい出来ではなかった。
一日目はなんとか三位に入ったが、初日で体力を使い切ったようで、残りの二日は何の結果も残せなかった。
私が出たレースじゃないし、好きでマネージャーしてたわけでもない、けど、もう少しいい結果を残させてあげたかった。
もっと他に練習方法があったんじゃないかとか、個々にアドバイスをもっと出せば良かったとか、色々思ってしまう。
今更思ったとこで結果は変わらないし、どうすることも出来ない、安君達三年生はこれで部活は引退で、これが最後のレースだった。

自分の部屋の隅に体育座りして、三日前に終わったインハイの事をずっと考えて居る。
三日目終わってからそのまま新幹線に乗って皆は疲れで爆睡して、地元に戻って来て私は直ぐに一人で帰った。
その日から部活は一週間の夏休みに入ったので、誰とも顔を合わせてないし、話しても居ない。
一週間後までに誰にも会わず、このウザい感情を消して、いつもの自分に戻る。

気晴らしに遠くまで自転車で出かけようか、と思った時ドアがノックされ返事すれば外から翔の声がした。


「今何してるん?」

『瞑想しとる』

「服着とる?」

『ハア? 当たり前やろ、私変態やないわ』


アホか、と言えばドアが開いたので何の用や、とドアを見れば満面の笑みの石垣君が立っていた。


「遊びに来たで!」

『ぴゃぁあぁああぁ!!!』


近くにあった枕を石垣君にぶん投げればキャッチしてあ、御堂筋の匂いや、と囁く。


『な、なんで居るん!?』

「会いたなってな、やけど連絡先知らんから、来た」

『私言うたよね家に来るなって』

「怒られる覚悟で来た」

『来るなや! 帰れ』


立ち上がって石垣君から枕を奪い取り肩を掴んで押したが、びくともしない。


『かっえっれっー!』

「嫌や」

『翔は何処行ったんや!?』


翔の声がしたのに姿が見えず、石垣君の横を通り過ぎ隣の部屋のドアを開ければ、ベッドの上で翔が花を押し倒していた。


『ばっ、馬鹿、何してんのや!』

「今から事に及ぼうとしてんのや」

『ファ!?』

「邪魔せんで、やかましいからその男連れて出て行ってや」


翔が後ろを指さすので見れば顔を真っ赤にして石垣君が立っている。


『見んなや!』

「す、すまん」


ドアを閉めて自室から、お財布と携帯だけを持って石垣君の腕を引いて家を後にした。
そのまま適当に歩いて、近くにある公園について石垣君から手を離して振り返る。


『ほんまにキミ、大嫌いになるで』

「それは嫌や」

『ハア、最悪や、家に戻れんし、どないしてくれるんや』

「やったら、俺と遊び行かへん?」

『行かへん』


そう言って近くにあったベンチに腰かければ、石垣君も横に座って笑みを浮かべたまま私を見て来た。


『見るなや』

「三日ぶりや思うて」

『私は会いたなかったけどな』

「俺は会いたかったで」

『やかましい』


真夏のお昼前の公園には誰もおらず、蝉の鳴き声が煩いし熱いし本当に最悪だ。
じっと座っているだけなのに汗が流れて来て、髪の毛が鬱陶しいので結んでお団子にする。


『……石垣君』

「ん?」

『やらしい目で見んといて』


ちらっと石垣君を見れば顔を真っ赤にしてすまん、と視線を逸らした。


『私と何かおらんで好きな子のとこ行けばええやろ、インハイ終わったんやし』

「……」

『安君も引退やろ? 私もマネージャー辞めるで』

「なんでや」

『もともとやりたないし、安君と勝負に負けたからやっただけで、その安君が居らんならもうやる必要ないし』

「嫌や」

『あんな、私やって自分の練習したいんよ、マネージャーやってたら練習時間確保するために睡眠時間減るんや、倒れたらキミ責任取れるん?』


私の言葉に石垣君は取れない、と囁いて凄く寂しそうな顔をする。
なんで石垣君がそんな顔するのか分からないし、その顔見るのは凄く嫌で腕を伸ばして石垣君の頬を抓る。


「いっ、いひゃい」

『顔キモイ』


頬から手を離せば自分で抓った場所を撫でていて、すまん、と笑う。


「寂しい思うけど、それやったらしゃあないな」

『別にクラスは一緒なんやし』

「やけど、俺は出来れば長い時間、御堂筋と一緒におりたい」

『……変やねキミ』

「そうやろうか?」

『そうや、私もようわからんけど、そう言うんは好きな子に言うものやと思うで』


まあ、私は恋愛とかはようわからんけどね、と笑いかければ、石垣君は凄い真面目な顔で私の手を握って来た。
石垣君の顔を見て、手を握られて心臓が煩くなって、頬に熱が溜まる。
どきどきしながら石垣君を見て居れば、何か言おうとしているのか口を開く。


「御堂筋、俺はお前がす「あー!! アキナ姉ちゃんと石垣さんやー!!」


石垣君の言葉を遮るようにユキちゃんの大きな声が聞こえ、二人で後ろを見れば、公園の外にユキちゃんとおじさんが居た。


「手繋いで、いちゃいちゃしとる!」


ユキちゃんがにやにやして見てくるので、お互いに手を離し距離を取る。


「ユキ、邪魔したらあかんやろ」

「あ、そうやな、ごめんなアキナ姉ちゃん」

『別に、いちゃいちゃしとらんし』

「邪魔しちゃあかんから、帰るな、またね石垣さん」

「またな」


二人は帰って行き、ハア、とため息を吐いて石垣君を見た。


『で、私の事がなんやって?』

「え? あー、また今度言うわ」

『ハア? 今言えや』

「いや、今はちゃうなって思うて」

『意味分からん』

「今度絶対言うから、それまで待っとって」

『忘れんかったらな』


べーっとやれば石垣君は忘れんで、と笑う。
何言いたかったか分からないが、凄く大切な事だったのだろう、というのだけは分かった。
あんな真剣な顔して私に伝えたかった事はなんだったのか、気になるけど、今度言ってくれるのならそれまで待つ。
石垣君がその大切な事を伝えてくれるまで、忘れらないだろう。
また今日の事を思い出し、頭の中に石垣君が消えなくなるんだろうな、と思った。


『で、キミ、今日ほんまに何しに来たん?』

「会いに来たんやで?」

『いや、だからなんで?』

「んー、俺の気のせいやったらええんやけど、インハイ終わった後から元気ないな思うて」

『……』

「一日目は三位入れたけど、残り二日は散々やったから怒っとるんかな思うてな」

『別に怒ってない』

「そうやな、会いに来て分かったで」


前にあるブランコを見ながら自分の手を握って、考えて居たことを石垣君に話していた。
もう少しいい結果を残させてあげたかった、とか色々思った事を伝えれば石垣君が御堂筋、と呼ぶので顔を見る。


「俺も安さんも御堂筋には感謝してる、俺等だけやない、皆感謝してるで」

『……』

「御堂筋がマネージャ−してくれたから、きっと一日目三位になれたんやって俺思うとるし、逆に一生懸命考えてくれたのに、あの結果でごめんな」

『なんで謝るん? 石垣君は努力したやろ? 安君やって、皆頑張った、謝らんでええ』

「やったら、御堂筋やって悩まんでええよ」

『……』

「お互い一生懸命努力した結果があれや、誰のせいとかそういうんやないやろ? やからお互いに悩むのは無しにせえへん?」

『そうやね』

「安さん達は引退やけど、来年は必ずいい結果出すから、時間あったら見に来てな」

『暇やったらね』


私は自分の練習に専念したいからマネージャーを辞めるけど、応援はしている。
来年は翔も入るし、きっと私なんかより何倍もいいアドバイス出すし、いい結果を残すと思う。


『応援はしてるで』

「それだけで、むっちゃ頑張れるわ」


石垣君の言葉にアホ、と言いながらも笑ってしまった。
いくら考えても悩んでも結果は変わらないし、石垣君の言葉にもやもやしていた気持ちが無くなった。
多分石垣君も何かしら悩んでいたのだろう、けど、お互い悩むのは無しにするなら、私はもう考えない。


「あ、そや、御堂筋、連絡先教えて」

『嫌や』

「ええけど、また会いたなったら家いくで」


その言葉にポケットから携帯を出して、自分の連絡先を石垣君に見せた。
家に来られるくらいなら連絡先教えたほうがいいし、嫌だ、とは言ったが本当は私も知りたかった。


「登録したで、今メッセージ送るな」

『ん』


石垣君の名前が出たので私も登録すればスタンプが送られてきたので、私もスタンプを送る。


「ププキュアやな」

『朝日と夜がくれるんよ、毎年』

「仲ええもんな」

『そら小学校からの付き合いやからね』

「小学生の頃の御堂筋はどんな子やったん?」

『聞いてどないするん?』

「どうもせんけど、知りたい思うて」

『五年生の夏休みまでは人見知りやった、友達も夜と朝日しかおらんくて、よう男子に虐められとったな』

「誰やそないな事するん」

『クラスの男子は皆虐めて来たで、やから、男はあまり好きやないし、大きな声も得意やない』


男子に怒鳴られていたりしたせいで、部活の皆が大きな声で返事すると、今も同じ反応してしまう。
怖いというわけではないが、体がそう覚えてしまったようだ。
この性格のまま五年生に戻って居たら多分、殴り合いの喧嘩したり、言い負かしたり出来ただろう。


「俺の事も嫌いやろうか?」

『キミは私にそないな事しないし、性格も変わったから、別に嫌いやない』

「そっか、そら嬉しいな」

『嫌いやないだけやで』

「今はそれで充分や」

『今は?』

「あ、いや、なんでもないで、それより小学生の頃の夢なんやった? 俺なその頃は虫取り博士やった」

『なんやそれ』


面白くて笑えば石垣君も照れたように笑う。


「虫取るの好きやったから」

『好きそうやね』

「御堂筋は?」

『…笑わん?』

「笑わん」

『……ププキュアになりたかった』


ちらっと石垣君を見れば笑っていて、笑わない言うたやろ、と怒った。


「すまん、かいらしいな思うて」

『ピッ! あ、アホやないの』

「今もなりたいん?」

『アニメの世界やで、なれるわけないやん、それに…私は正義の味方にはなれん』

「なんでや?」

『そう言われたし、約束破ったからな』

「約束?」

『そうや、私は悪役になることにしたんやで、やから、こういう性格になったんや』

「…やけど、月野と日野は御堂筋は正義の味方言うてたで」

『……余計な事言うたねあの二人』

「いや、よう分からんけど、二人にとって御堂筋は正義の味方やから、絶対に傷つけるな言われて」


多分、体育祭の出ない理由を説明した時に言ったのだろう。
あの二人もどうやら石垣君になら言ってもいいと思ったし、信頼もしてるようだ。


『お母さんと約束してたんや、ププキュアになるためには人傷つけたらあかんって』

「うん」

『やけど……居らんくなって、ずっと私の傍に朝日と夜が居ってくれてな、ある日な二人も虐められてな』

「うん」

『男子が二人を突き飛ばして私腹立って初めて殴ったんよ、泣きながら殴って先生に止められてな、怪我させてな』


その時その男にお前は正義の味方になれない、と言われたし、お母さんとしていた約束も破ったから、ププキュアみたいな正義の味方にはなれないと思った。
正義の味方が誰も傷つけない人を言うなら、私は悪役になって、ずっと傍に居てくれた二人の盾になろうと決めた。
お母さんとした最後の約束も守れないどうしようもない人間なら、落ちるとこまで落ちてやろうと、今みたいなひねくれた正確になった。


『やから、私は別に味方でもなんでもないで』

「え? いや、味方やろ?」

『へ?』

「やって、友達庇って殴ったんやろ? それに最初に手出したんはその男やし、御堂筋なんも悪く無いやん」

『……』

「友達庇って怪我させたんなら、お母さんやって許してくれるやろ」

『……』

「二人の盾になろう思うたんやろ? そないな事思うんは悪役やなくてヒーローやからや、それに御堂筋はええ子や、ほんまはやりたないマネージャーやってちゃんとやってくれて、俺等の為にメニュー考えてくれて、むっちゃええ子や」


やから、御堂筋は正義の味方で、ププキュアよりかわええで! と言われぐっと自分の手を握る。
石垣君を見ると大好きな赤色が見えて、心がぽかぽかして、堪えようと思ったのに、涙が溢れた。


「ど、どないしたん? 泣かんで?」

『石垣君は、私が正義の味方に見えるん?』

「見えるで」

『そら……嬉しいな』


石垣君の言葉が、本当にそう思って居るであろう表情が全部が嬉しい。
朝日と夜以外の誰かに、こうして正義の味方だと言ってもらえて、お母さんも許してくれるって言ってもらえて、どうしようもない程、嬉しくて石垣君が愛しいと思った。
やっと気づいた、そうか私は石垣君が好きなのだ。
だからずっと頭の中に居たし、自分の事素直に話せるし、こうして泣ける。
ああ、そうかこれが人を好きになると言う事で、こんなにも暖かくて尊いものなのか。


『嬉しいで、石垣君』

「うれし泣き?」

『そうや』

「ほんなら、ええんや、悲しくて泣いとるんなら嫌やけど、嬉しいんなら俺も嬉しいで」


石垣君が笑ったので私も泣きながら笑いかける。
石垣君は好きな子が居て、それを想うと切なくて、でも今この時だけは、喜びと幸福で満ち溢れて居た。


「もし学校で誰かに何か言われたら俺に言うんやで」

『なんで?』

「言うたやろ? 俺が守ったるって、やから、御堂筋が誰かに傷つけられたら俺が守ったる」

『そうやったね』

「そうや」

『ほんなら』


石垣君が私の盾になってな、と言えば笑って頷く。
今後、石垣君には言わないけど、私は石垣君を頼りにしているのだから。
今石垣君の頭の中にはきっと私が居て、今だけは好きな子の事も忘れてくれているのだろう。
それがずっと続けばいいけど、それは無理だから、今だけは石垣君に甘えよう。


『石垣君』

「ん?」

『握手して』

「ええよ」


私ができる精一杯の甘え。
大きな手を握れば、石垣君も握り返してくれ嬉しそうな顔をして、私もそれが嬉しくて笑った。