07



月曜日のお昼休み、二人とお弁当を食べながらお祭りでの事を話した。
二人は凄い笑みを浮かべ、ええよええよ、と頷いていて、上出来なアピールができていたらしい。
少女漫画で見たあの揶揄ったやつは特にいいアピールポイントらしく、よう頑張ったな、と褒められた。


『そや、ププキュアのお面買ってもらったんや』


写真を見せれば二人は良かったな、と頭を撫でてくる。


『そんで、九月中に自転車で海行って釣りするんや』

「釣り!?」

『石垣君が好きなんやって』

「そこは…まあ、ええか」

「場所やない、二人で出かけることに意味があるんやな」

『釣りはしたことないから分からんけど、出かけるのは楽しみやな』


ああ、でも石垣君は部活あるし、部長で忙しいからもしかしたら行けないかもしれない。
そうなった場合は石垣君がいいと言ってくれたら、別の場所に行こう。
海じゃなくても、山だって川だって石垣君と行けるならどこでもいい。


「まあ、このまま頑張ってアピールして行くんやで」

『そないする』


夜の言葉に頷いてお弁当を平らげた。


六限目のロングホームルームで席替えと10月にやる文化祭の出し物を決める。
まず席替えからで箱の中に入った紙を取り出して見れば、窓側の一番後ろの席で最高のポジションだ。
皆クジを引いたので、荷物を持ってその席に移動する。
新しい席で荷物を机に入れて居れば、横に石垣君が座った。
凄い嬉しそうな顔で私を見て居て、漫画でいうと石垣君の周りに花が咲きそうな程だ。


「御堂筋の横や、むっちゃ嬉しいな」

『よかったな』

「おん!」

「私らも居るで」

「そうやで」


私の前に夜が座って石垣君の前に朝日が座った。


「やっぱり、私らはアキナと運命の赤い糸で繋がっとるから、こうして近い席になれたんやな」

『そうやな、むっちゃ嬉しい』

「ごめんな、石垣君、アキナは私らの事大好きやから」

「俺の事やって嫌いやないよな?」

『そうやね』


石垣君はドヤ顔で二人を見て居て、二人は呆れた顔をしている。


「いや、嫌いやないだけやでそれ」

「それでええんよ」

「ドMなん?」

「ドMやろ、たまにアキナにお尻蹴られて嬉しそうにしとったし」

「ああ、そうやな」


ドン引きして石垣君を見れば、ちゃうんよ、と首を横に振って否定した。


「そうやなくて、俺は」

「そこ、煩いで、文化祭の出し物決める言うてるやろ」

「先生、石垣君なアキナにお尻蹴られて喜んでるんよ」

「変態やで」

「ちょいちょい」

「石垣はずっと変態や」

「先生!?」

「後で好きなだけ御堂筋に尻蹴ってもろうてええから、文化祭の出し物決めるで」


まずは、実行委員決めるで、と先生が話始め石垣君は顔を隠し小さな声で違うんや、と囁く。
それが面白くて先生に気づかれないように笑えば、石垣君が私を見て照れたような顔をした。

実行委員は直ぐに決まって、その二人が文化祭の出し物について案が無いか聞く。
はい! と手を上げたのは井原君で凄い真剣な顔をした。


「やっぱり、メイド喫茶やと思う」

『キモッ』


ぼそっと言ったが静かな教室内には響いて、井原君が私を指さす。


「なんでキモイとか言うんや!」

『ファー、言うてません、石垣君が言いました』

「石やんがそんな女声出せるわけないやろ」

『やかましいで井原君』

「メイド喫茶の何が悪いんや!」

『キミが言うからキモイんやで』

「差別!」


ぎゃーぎゃー騒ぐので仕方なく筆箱を持ち上げれば大人しくしたので、そっと机に置く。


「今の井原君のは聞かんかった事にして、他にええのある?」

「はいはい!」

「月野さん」

「やっぱり、ここはメイドカフェやない?」

『夜がやりたい言うんならええと思うで』

「差別や!」

「やけど、メイド服着るんは男子やで」

「それおもろいな!」

「私ら女の子はギャルソンにして、男子はメイド服や」


女子は楽しそうやな、と乗り気で男子は絶対に嫌だ、と反対している。
まあ、私は何でもいいので、女子と男子の争いを静かに眺めた。

ああ、でも石垣君がメイド服着るのは面白いな。


「石やんが女子にお願いすれば皆聞いてくれるはずや! 嫌やって言うて!」

「そうやな、俺もちょっとそれは嫌やな、俺等がそないなの着ても気持ち悪いだけやで、やっぱそういうんは女の子が着た方が似合う思うんよ」


石垣君の言葉女の子は、そうやろうか、と少し照れていてなんだか腹が立った。
何も言わないまま見て居れば前の二人が振り返る。


「アキナが男子にお願いすれば皆聞いてくれるはずや!」

「行け!」

『私が言うても皆何も思わんやろ?』

「石垣君落とせ、したらこっちの勝ちや」


その言葉に横に座ってる石垣君を見た。


「残念やけど、御堂筋に何言われても流石にメイド服は着れへんよ」

『しゃあないな、じゃあ私らがメイド服着るな』

「そないして」

『こないに短いスカート履いて、胸もここまで出るの着ておもてなしして、変なおじさんにお尻触られたりするんやろうな、怖いな』

「ぐっ……」

『おかえりなさいご主人様言うて、知らん男に媚び売って、嫌や、怖いな』


石垣君は拳を握りしめ歯を食いしばっている。


『ああ、怖いな、嫌や、知らん男に触られたないな、でも石垣君が私らにそないな服着ろ言うんなら、しゃあないな、皆で変な男の相手して嫌な思いしたるな』

「っ…お、俺等がメイド服着る」

『そうやね、男に二言はないな?』

「ない」

『ほな、そういう事で』

「石やん!!!」

「すまん、友矢、皆、俺は無理や、そないな事させられへん、御堂筋が知らん男に触られてるの見たら死んでまう」

「御堂筋まら自分でどうにでも出来るやろ!」

「女の子やで! 男には勝てへんやろ!」

「辻、何か言うたれ!」

「……そもそも他のにしたらええんやないか?」

「天才か?」

『いや、キミ馬鹿なん? 普通はそう提案するで、まさか着る言うなん思わんかった、やけど、石垣君男に二言はないんやろ? 残念やね、君ら全員仲良くかいらしいメイド服着ておもてなし、してな』


プクク、と笑えば、うあぁあ、すまん皆、と石垣君は顔を隠した。
辻君が言った通り別のにする方法もあったが、私を嫌な思いさせた罰で、皆仲良く連体責任でメイド服をやってもらう。
他の男子も石垣君が諦めモードなので反撃できず、絶望した顔のまま私のクラスの出し物はメイドカフェに決まった。


******


放課後、二人と昇降口に行って下駄箱を開ければ手紙が入っていた。
それを取り出せば二人がラブレターや、と言うので開いて見ればこれ見たら、三階にある空き教室に来てください、と書いてある。


『誰やろうか』


手紙に名前は書いてなくて誰か分からないが、書かれている文字から多分男子だろう、というのは分かった。
無視するのも可哀想なので、仕方なく二人と別れ再び階段を上がって三階に行く。
指定されていた空き教室に入ればクラスの男子が居てドアを閉め中に入る。


『手紙見たで、どないしたん?』

「あんな」

『ん』

「俺、御堂筋が好きや、やから付き合って欲しい」


目の前で手を出されたのでその男子を見上げた。


『悪いけど、私はキミとは付き合えんよ、キミの事よう知らんし』

「やったらこれから俺の事知ってくれればええから」

『私好きな人居る』

「……」

『やから無理や』


帰るな、と歩き出そうとしたら、両手で頬を押えられそのままキスされる。
一瞬頭が真っ白になったが、直ぐに我に返り男のお腹を蹴って離れさせた。


『っ何すんのや! キモイ最悪や、何やの』


ハンカチで口を拭けば、男が近寄って来たので思い切り顔を殴れば後ろに倒れる。


「っ痛いやんか!」

『お前が変な事するからやろ! ほんまキモイ』

「キスくらいええやろ」

『ハア? ええわけにやろ? 何盛っとるん? サルかキミ』

「っ」

『盛るなら一人の時にしてや、気持ち悪い』


私を睨むので私もにらみ返しもう一度口を拭く。


「石やんの好きな子はお前と真逆の子やで! お前みたいな暴力振るう女とは違うんや!」

『ハア、はいはい、そうやね』

「大人しゅうてかいらしくて、暴力なんかせん子や」

『だから何やの?』

「やから諦めて俺と付き合うて」

『プククク、キミほんまキモイな、寝言は寝て言えや、アホくさ、時間の無駄や』


これ以上ここに居ても意味がなさそうなので、男に背を向け教室を後にした
知っている、石垣君が好きな子は私じゃない事も同情して一緒に居てくれることも。
あんな奴に言われなくても知ってるし、分かってる居る。
夏祭りの時も私が一人にならないよう一緒に居てくれたことも、私の心配してくれたのも全部、石垣君が優しいからで、私を好きだからじゃない事。
なのに凄く胸が苦しくて、張り裂けそうで泣きそうで、あんな男に言われた事に傷ついてる自分に腹が立つ。

忘れるために今日は死ぬ気でペダルを回そうと階段を降りて、あと一段で三階の踊り場に出ようとした時、待てや、とあの男の子がした。
後ろから腕を掴まれ鬱陶しいし、腹が立っていたので思い切り手を振り払う。
その反動で足を滑らせ、逆の足を変な風に地面につけてしまい痛みが走りそのまま倒れた。


「お、俺のせいやないで!」


そう吐き捨てた男はそのまま走って階段を下りて行き、舌打ちして地面に手をついて起き上がる。
変な風に地面に着いた足に力を入れれば、凄い痛みが走り立ち上がれない。
上履きと靴下を脱げば凄い色になっていて、熱くなっていた。
痛みと悔しさと悲しさで涙が込み上げてきたが、ぐっと堪えその場に座って携帯を出す。
朝日と夜ならまだ学校の近くのコンビニに居るかもしれない、そう思いLINEを開けば一番最初には石垣君の名前が表示されていた。
石垣君が私を守ってくれると言ったのは、優しさで好きだからじゃないと分かっているのに、私はゆっくりと石垣君とのメッセージを開く。

俺が御堂筋を守ったるから、と言ってくれた時の石垣君の顔を思い出し、通話ボタンを押した。


「もしもし、どないした御堂筋?」


電話越しに石垣君の声がして、堪えて居た物が溢れだす。

『いっ、痛いねんっ…すごく痛いんよ』

「御堂筋? 泣いとるんか?」

『痛いっ…助けてや石垣君っ……』

「今何処に居るん!? 直ぐに行ったるから」

『…っ……どないしたら』

「なん?」

『どないしたら私は石垣君の好きな子になれるんやろうかっ…もっとかいらしくてええ子で大人しゅうすれば、石垣君は私を好きになってくれるんやろうか』

「御堂筋……」

『石垣君の好きな子になりたいっ…』


泣きじゃくれば、部活が始まる合図のチャイムが鳴り響いた。


『…部活の時間や、頑張ってな』


石垣君が何か言っていたが電話を切って、その場で片足だけ膝を抱えそこに頭を乗せて静かに泣く。
全く痛みが引かない右足、それどころか先ほどより痛みが増しているような気がする。
胸も痛いし苦しいし、そのせいで石垣君に余計な事言って、明日からどんな顔して会えばいいのだろう。


『最悪や……』


小さく囁けば、はあ、と声がして目の前に誰かがしゃがむ気配がした。
ゆっくり顔を上げれば荒い息を繰り返す石垣君が居て、御堂筋、とそっと頬を撫でてくれる。


「見つけたで、ちゃんと場所言うてから切ってくれんからおそうなってしもうた堪忍な」

『な…んで』

「助けて言うたやろ? やから助けに来たで」

『っ……』

「泣かんで、取り合えず保健室行こうな」


石垣君はそっと私をお姫様抱っこすると階段を下り始め、私は石垣君の首に腕を回し泣きじゃくった。
保健室につて私を抱き上げたまま石垣君が椅子に座って、先生が足を見てくれる。


「骨折れてるかもしれんから、病院行かなあかんな、今親御さんに連絡して来たるから待ってるんやで」


先生は保健室から出て行き、二人きりになった。


「何があったん?」

『く、クラスの男子に空き教室で告白されたんっ、やけど好きやないって断ったら…キスされたん』

「…誰や?」

『名前覚えとらん』

「…怖かったな」

『やからな、お腹蹴って、また近寄って来たから顔殴ったっ…また約束破った』

「破ってへんよ、それは正当防衛やから、セーフや」

『…したらな、そいつが石垣君の好きな子は私と真逆で、ええ子で大人しゅうて暴力振るわんええ子やって』

「……」

『そんなん知っとるし、時間の無駄や思うて階段降りてたらそいつ追いかけて来てっ…腕掴まれたか振り払ったら足滑って、右足変な風に地面について痛いっ』


足も心臓も痛いんよ、と石垣君の服を掴めば、片手で私の背中を支え親指で涙を拭う。


「御堂筋はええ子やで、かいらしいし、大人しゅうはないけど、やけど、俺はそんな御堂筋が好きや」

『……石垣君は優しいからそう言うだけや』

「優しないで、足の痛みは取ってやれんけど、こっちはなんとかできるかもしれへん」


こっち、と指さしたのは心臓で、石垣君を見れば優しく笑って抱きしめて来た。


「俺が言うてた好きな子は御堂筋やで、もうすぐ先生戻って来てまうから、取り合えず俺が好きなんは御堂筋屋ってことだけ言うておくな」

『……ほ、ほんま?』

「ほんま」

『ウソやない?』

「嘘やないよ、俺が好きなんはずっと御堂筋や、いつから好きなんかとかそういうんは、ちゃんと時間取って話すから待っててくれるか?」

『待つで、ずっと待つ、私も石垣君好きやから、待つ』


ぎゅっと背中に腕を回して抱きしめれば、石垣君も私を抱きしめる腕に力がこもる。


「むっちゃ嬉しいな、夢みたいや」

『足痛いから夢やない言うてる』

「そうやな、こうして御堂筋の体温感じとるから夢やないんやな」


お互いの心臓が凄い速さで動いていて、密着しているから伝わって来た。
お互い抱き合っていれば、ドアが開いて担任の先生が駆け込んでくる。


「み、御堂筋、足怪我した聞いたんやけど、邪魔やったな」

「うあぁあ、す、すんません」

『足痛いねん先生』


石垣君と距離を取れば、先生が前に来てしゃがんで足を見て、こら痛いな、と囁く。


「どないしたん?」

『階段踏み外して変に着地したんや』

「御堂筋、なんちゅうドジ、親御さんに電話したら弟君が来てくれる言うて、電話してる最中にもう弟君が家出てしもうたらしくてな」

『…心配かけてしもうたな』

「今保健の先生が救急に電話しとるから、弟君来たら一緒に病院行くで」


その言葉に頷けば保健室の外出れるドアがノックされ、見れば荒い息を繰り返す翔が居た。
先生がドアを開ければ翔が入って来て、靴を脱ぎ捨て私の前にしゃがむ。


「はあ、はあ、おばさんがアキナが病院行く言うて」

『ごめんな、足痛くしてしもうて』

「足だけなん? 頭打ったりとか」

『してへんよ、足だけや、だから大丈夫やで』


私を見上げる翔の頬を撫でれば手を掴まれ、その手は微かに震えて居た。


「ほんまにドジ治してや、ボク心臓いくつあっても足りひん」

『ごめんな、私はどこも行かへんよ』

「当たり前や」

『そうやね』

「…で、何してんの? 先生の前でようそないな事してられるな」


翔の言葉に石垣君は顔を真っ赤にさせ、私を抱っこしたまま立ち上がって、ソファに下ろしてくれた。
直ぐに横に翔が座って、今だ顔を赤くさせたままの石垣君を見上げる。


「ボク居るからキミもう行ってええよ」

「そ、そうやな、うん、ここは弟君に任せるな」

『ありがとな石垣君』

「お礼はいらんよ、病院行って結果きたら連絡して欲しいんやけど」

『そないする、ちゃんと連絡するな』

「またなんかあったら言うてくれれば、すぐに駆け付けるからな」


頷けば石垣君は、ほな、行くな、と歩き出し、先生も一旦職員室に戻るため二人が保健室から出て行った。
翔と二人きりになれば翔が動いて私に抱き着いて来たので、腕を回し背中を撫でる。


『大丈夫やで、心配ないで』

「アキナまで居らんくなったらボク一人になってまう」

『花居るやろ、一人やない』

「姉ちゃんはアキナしかおらん」

『ん、そうやな、ごめんな』

「ボク置いて行かんといて」

『翔置いてなんか行かへんよ』


こうやって翔が私に甘えて来るのはもう何十年振りで、嬉しく思ってしまう。
心配かけといて嬉しく思うのはよくないが、やはり姉としてたまにはこうして甘えてもらえると嬉しい。
でも、やっぱり心配をかけてしまったから、翔を力強く抱きしめた後、頬にキスをして頭を撫でた。