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ハナレさんおすすめのお店が駅前にあるとのことで、わたしたちは二人で会社から駅に向かって歩いていた。室長たちと一緒にいるのはいくら鋼の心臓と揶揄されるわたしでも緊張するものだけれど、ハナレ室長といるとちょっと安らいでしまうのはどうしてなんだろう。疲れていたのも忘れて、足元がふわふわと浮き足立ってしまっている気がする。

「未事業部には慣れたか?」
「はい、今のところ大きなミスもなくやれていると思います」

ハナレ室長のおかげです、と笑うと、お前の努力の成果だ、と笑い返してくれる。他部署の方からの称賛はちょっと気が引けてしまうけど、ハナレ室長の言葉は嘘がないと知っているから、すごく嬉しくなってしまう。ずっと近くで見てくれていた人だし、それを叩き込んでくれたのは他でもないハナレさんなのだから。

「慣れるまではヒノト室長の付き人みたいな形で、って言われているんですけど、いつまでそうなんでしょうか」
「不満なのか?」
「いえ、室長はお忙しいのに、わたしの面倒まで見ていただいて申し訳ないなと…うわ」

歩いているまま、ハナレさんの大きな手がわたしの頭を覆うように撫でる。ちょっとだけ荒っぽいそのしぐさが、珍しいなあ、と思った。手の動きが止まったのを見計らってそろりと顔を上げてみると、今度はほっぺたをハナレ室長の指先が優しくつねる。咎めるような視線に、少しだけたじろいでしまう。

「そこは室長の手腕だろう。お前が考える必要はない」
「は、はなれ室長」
「お前は考えすぎるからな。余り無理をするとパンクするぞ 」

ハナレ室長の言葉はいつも的確だ。かつてハナレ室長のもとで仕事を抱えすぎてパンクしたことのあるわたしは正直ぐうの音も出ない。亥事業部で働いて半年が過ぎた頃だっただろうか、ハナレ室長の前で泣いてしまったときのことを思い出して居たたまれない気持ちになる。古傷が痛むので必死に意識を逸らすことにした。
むにむにとわたしの頬を痛くないようにつねっていた手は離れて、ハナレ室長はすっと眉をひそめた。

「今だって疲れているだろう」
「えっ!いや、そんなことは」
「俺に誤魔化しが通用するとでも?」
「………」

わたしって、そんなに顔に出ているのかな。ヒノト室長にもいつも色々ばれそうになるし。室長たちの観察眼が凄いんだと思っていたけど、もしかして、わたしが分かりやすいっていうのも原因のひとつなんだろうか?そうだったとしたらとても恥ずかしい。

じろりとわたしを刺すハナレ室長の視線に、わたしが勝てるわけもなく。

「…なんで室長さんたちってこう、凄い方ばっかりなんでしょうか」
「ん?」
「今日初めてイヌイ室長にお会いした……のですが、」

会ったと言うべきかぶつかったと言うべきか悩んだけれど、ふらふらしていたのを言ってしまったらハナレ室長が心配してくださってしまう気がして言葉を呑み込んでおく。

「目薬をいただいてしまって」

つい喋りすぎてしまっている気がする。疲れている、なんて言い訳をしていいのか、久しぶりに気を許せる上司に会えたからなのか。

ヒノト室長のフェミニストなところとか、イヌイ室長のセクハラ発言とか、特にヒノト室長との関係というか、接し方というか、そういうものに関しては考えても考えてもわたしの中で落ち着きそうになくて、ここ一ヶ月、頭のどこかに必ずあった。

もしかしたらわたしは、見知った人であるハナレ室長に、仕事とはちょっと違う、普段ならヨルシカに話すようなことを、聞いてほしいと思っているのかもしれない。ヨルシカともお互い忙しくてしばらく会えていないし、思った以上にわたしは、異動してからのなんとも言いがたい女扱いについて、打破する方法を探っているらしかった。ヒノト室長とどうしたらいいかとか、イヌイ室長は何を思ってわたしに目薬をくれたのかとか、ああ、あと、イナミ室長がトマトをくれた話とか。これはまあ、雑談の範囲だけど。

ヒノト室長とイヌイ室長の顔を脳内で並べたあと。イヌイ室長とぶつかってから未事業室に戻ったとき、ヒノト室長が『誰かと会った?』そう言って冷たい瞳をしていたのを思い出して、鳥肌がぶり返してきた。咄嗟にイヌイ室長にお会いしたことを隠したのは本能的なものだったけど、あれはなんだったんだろう?

それにしても、目薬の他にはまだなにも言っていないのだけれど、ハナレ室長はびっくりしたように目を丸くしているように見えた。イヌイ室長は普段、そんなに目薬を使わないお人なのだろうか?

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