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ハナレさんの穏やかな声。ぐ、と、唇を噛んで、食べ終わってお皿に置いてある焼き鳥の串を逃げるように見つめた。ハナレさんの視線はいつもまっすぐだ。ああ、わたしが、色んな話をしたいって思ってたの、ばれてたんだろうか。
話したくなかったら話さなくていいぞって、そういう言葉を待っている反面、ハナレさんがその言葉を選ばないのはありありと分かっていた。それがわたしの為だって思ってくれてるのも、わかっている。その証拠にハナレさんは、わたしを見つめたままなにも言わない。わたしの言葉を、わたしの気持ちを、静かに見守ってくれているのだ。それだけで胸が詰まって、張り詰めていたところがほどけていってしまう。ハナレ室長は、わたしを甘やかすのがうまい気がする。
「……ヒノト室長、女好きと伺って」
ぽつり、とこぼす言葉に返事はないけれど、まっすぐな視線でちゃんと聞いてくださっているってわかる。わたしを急かさないように、わたしのペースで喋れるように、待ってくれているのだ。
はじめて室長室に入った日、女性扱いに撫でられるような優しい声に動揺した。指先に唇が触れたときには、混乱してどうにかなりそうだった。
「一年、ハナレさんのところで頑張って、それが認められたならうれしいって思ってました、でも、もし、もし、呼ばれたのが女だからって理由だったらどうしようって」
仕事なんだからそんな私情通るわけないって、思う自分もいるのに。あのときもし、カノエ室長がいらっしゃらなかったらどうなっていたんだろうって、頭が空いたときに考えてしまう。自意識過剰って笑われてもいい、だってそのくらいあの空気は、わたしにとって冗談で流せないものだったのだ。
「今日イヌイ室長にお会いしたときも、ヒノト室長にもう手は出されたかって言われて、」
面白おかしく聞かれたのも悔しかった。イヌイ室長はわたしのことなんて知らないはずなのに、いの一番に口をついて出るのがそんな言葉なんだって。わたしの頑張りより、女が未事業部に異動したってところばっかり見られてるんじゃないかって、言い様のない不安に駆られてしまう。
「わたし、そんな、」
声が震えてしまったのがわかる。でもわたしの言葉はもう止まることを知らなくて、目の前が滲んでいくのも止められなくて、ハナレさんの表情をうかがうことすらできない。言葉の合間に者繰り上げてしまうのが子供みたいで恥ずかしくて、止めようとすればするほどうまく息ができなくなる。
「わたしが女だからですか、わたし、それなら、そんなの、」
涙がぼろぼろ勝手にこぼれ落ちてくる。体も心もなにもかも、わたしのものじゃないみたいだった。知らないうちに号泣してるし、言葉もひとりでに出てくるし、自分が何を言っているのかも、ぼんやりとしか分からない。ぬるい水が頬を、顎を伝っていく。
「わたし、どう頑張ったらいいですか、ハナレさん」
言い終えた瞬間、涙の嵩が増して、わたしは手で顔を覆った。もう言葉を紡げないのがわかったし、まるで緊張の糸が思いっきり切れたみたいに、わたしは声を上げて泣いていた。ああこれがわたしの思ってたことなのかって、他人事みたいに思った。ぺらぺらと自然に出てきてしまった言葉はきっと、わたしがこの一ヶ月押し込めていたものなんだろう。
机に肘をついて泣いていたわたしの向かいにいてくださったはずのハナレさんのにおいがして、力強く引き寄せられたあと、衣擦れの音。ぼやけた視界でも見えたのはハナレさんのスーツで。ハナレさんに抱きしめてもらってる、って思う前に、これ以上泣けないってくらい泣いてたはずなのに、ますますわたしは泣き出してしまう。さらりとわたしに触れたハナレさんの長い髪から、嗅ぎ慣れた香りがする。すがるようにハナレさんの服を掴んだら、抱きしめられる力が強くなった。
ーー亥事業部にもどりたい。嗚咽のせいで声にはならなかったけど、そう、思ってしまった。
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