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嗚咽を漏らしながら俺の胸で泣くコトカ。この1ヶ月溜め込んで、我慢して、どうにか頑張ろうと自分を奮い立たせて仕事をしていたんだろう。それが痛いほどに分かるのはコトカの涙の量を見れば一目瞭然だ。
子供のように泣いて、吐き出してしまえばいい。我慢なんて今はしなくていいんだ。そう思う気持ちからコトカを抱きしめる腕には力が入った。もっと甘えろと、言葉にしたらコトカは遠慮するだろう。だから、何も言わずただただコトカが落ち着くまで無言で抱きしめ続けた。すがってくれて構わない。お前の弱い所を吐き出せる場所がないなら、俺がその居場所になってやる。
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コトカが落ち着いたのはそれから10分後くらいだった。
俺の胸から顔を離し、「すみません…」と申し訳なさそうに泣いて疲れた小さな声でそう言ったコトカは涙を手で拭おうとしたがそれを止めた。
「ハナレさ、ん?」
「擦ると目が腫れる」
ポケットチーフを取り出し、擦らないようにコトカの涙をそっとそれに吸い込ませるように押し当てた。
「じ、自分でします…!」
「いい、そのままじっとしてろ」
その言葉でコトカは大人しくなった。俺が譲らないことを悟ったのだろう。ただ、恥ずかしいのか睫毛を伏せた。そのわずかな動きでまた流れず留まっていた涙がすっと流れた。
こんなに泣いて、その原因である2人に腹が立った。だが、俺も同罪かもしれない。俺が異動前にもっとあいつらのことを伝えておけばコトカがこんなに泣くこともなかったのかもしれない。
「…コトカ」
「…はい」
「ごめんな」
「どうしてハナレさんが、」
「謝るんですか」と続きそうだった言葉を人差し指で塞いだ。
「俺の報告ミスだ。あいつらのこと、もっとしっかり伝えておくべきだった」
せめて異動先のヒノトについてだけでも、イヌイに会ったのは偶然だったかもしれないがヒノトとイヌイが犬猿の仲だということを伝えておけば、と今更思っても遅い。コトカを苦しめてしまったのは俺の言葉が足りなかったのもある。だから、謝らせてくれ。それが今1番初めに出来ることだから。
「今更伝えた所でコトカの涙は消えない。けど、少しだけあいつらのこと話させてくれるか?」
「はい」
コトカの涙が完全に止まった所で俺は1度コトカの頭を撫で、静かにあいつらのことを伝えた。
犬猿の仲でことあるごとに喧嘩してしまうがそれは会社ではライバルとして互いに負けたくない気持ちからきてしまうこと、イヌイがお前のことを酷い言葉で傷つけたのは俺が室長で集まって飲んだ時にお前のことを話して興味を持ってしまいその数ヶ月後にお前が未事業室へ異動したことで更に興味を持ってしまったのではないか(決して許される発言ではないが)、ヒノトは女好きではあるがお前の疲労を察して定時で上がらせたことから1人の部下として信頼しその信頼から心配で帰らせたと思うことなど、2人のプライベートなことには触れられないが会社での室長としてのあいつらのことを伝えた。
「…これでお前の心が軽くなるとは思わないし、あいつらがしたことは許されることじゃないけど、な」
まだ異動して1ヶ月ほどのコトカがここまで疲弊するなんて余程のことだ。休日でもぐるぐると話してくれたことが頭を過ってしっかりと休めていなかったのかもしれない。
コトカに対する申し訳なさから今度は俺が睫毛を伏せた。するとコトカは俺の名前を呼んで俺の視線を自分に向けさせた。
「ハナレさん、わたし、ハナレさんにはお世話になりっぱなしなんです」
赤くなってしまった目で、真っ直ぐに俺を見るコトカ。声は震えていないがまだ少し掠れている。
「わたしの話を聞いてくださって、ヒノト室長とイヌイ室長のことを話してくださって、ありがとうございます」
「コトカ…」
「あの、だからハナレさんにそんな悲しそうな顔をされるとどうしたらいいのか分からない、というか…」
こんな時まで人の心配して、お前どれだけ人がいいんだ。
ふと、少し口元を緩まして強めにコトカの頭を撫でた。
「わっ、」
「格好悪いとこ見せて悪かった。ちょっと店員に頼んで冷たいおしぼり貰ってくる」
「え?」
「目、冷やすための」
「…ありがとうございます」
申し訳なさそうにお礼を言うコトカに微笑んで席を立った。
おしぼりを貰うついでに代金を支払って、タクシーを頼んだ。
あの状態のコトカを電車で帰すわけにはいかないからな。
戻ってからタクシーを頼んだことを伝えるとコトカは申し訳なさそうに初めは遠慮したが俺が譲らないこと、自分の目がまだ熱いことを認め最終的にまたお礼を言ってきた。
タクシーが来るまでコトカには横になっておしぼりで目を冷やすように伝えた。その間、コトカはイナミに会ってトマトを貰ったことなども話してくれた。
「コトカ、お前明日有給使って休め」
「え?」
「溜め込んでたのを吐き出した分その反動が来るかもしれないし、目の腫れがなくなっているとは限らないからな」
「それは確かにそう、ですが…」
「疲れから熱が出たので明日休ませてくれって帰ったらヒノトに連絡入れておけ」
「それ、ずる休みじゃ、」
「疲労が溜まってるのは事実だろ?それにお前、俺の所にいた時も有給使ってなかったんだからこの機会に使っておけ。誰にでもある権利だ、有給は」
「うっ…分かりました…」
本当、力の抜き方が下手なのは変わってないな。コトカの視界がおしぼりで遮られているのをいいことに俺は口元を緩めまた笑った。
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タクシーが到着し、コトカにタクシー代を持たせた。またまた遠慮するコトカに「今日は甘えとけ」と言ってそれをしっかり握らせた。
タクシーのドアが閉まる直前、そう言えば答えてなかったコトカの質問を思い出した。
「コトカ」
「はい」
「お前はもう十分すぎるほど頑張ってるよ」
「っ、」
「だから、頑張りすぎないことを頑張れ」
「何ですか、それ」
俺の言葉に少し笑ったコトカに一先ず安心して、ヒノトに連絡を入れたら俺にそのことを連絡するように伝える。
「ありがとうございました、ハナレさん。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ、コトカ」
コトカを乗せたタクシーを見えなくなるまで見送った。
「…さて、明日は少し忙しくなるな」
自分に言い聞かせるようにぽつりと呟き、俺も自宅へ向かった。
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