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業務メールで、ヒノト室長に連絡を入れた。ハナレさんに言われた通りに疲れから、とは書かなかったけれど、熱が出たから、と、簡潔に。送るときは正直ここ一番緊張したけど、頭の考える部分は十中八九泣きすぎで疲弊していて、もういいや、と文章が変でないことだけ確認して勢いで送ってしまった。携帯を投げ出す前にハナレさんにラインを入れて、今度こそその電子の箱をベッドへ投げ捨てて、わたしもベッドに飛び込んだ。
目は火照って熱いし、泣きすぎて頭もいたい。お酒は飲んでないのに体中熱い。ぼんやりとまばたきだけを繰り返したまま、本当にわたしはハナレさんに頭が上がらないなあ、と思う。

「(迷惑ばっかりかけてるなあ)」

次いで、イナミさんのことを思い出す。マイペースに、って、真っ赤なトマトに負けないくらい明るい笑顔で言ってくれたイナミさん。ちょっとは出来てた気でいたんだけどな。テーブルに置いたままの読みかけの小説をちらりと見て、そっと息をつく。

有給、ゆうきゅう。どうしよう。明日はいつもの時間に起きなくてもいいし、スーツだって着なくていいし、化粧だってしなくていい。じゃあ何しよう?

イナミさんの笑顔を思い出して、ふと思い立つ。

「……スーパー行こう」

イナミさんが手がけた野菜探し。そうと決まれば久々にお風呂にもお湯をためて、ゆっくり湯船に浸かろう。有給の許可のメールだって確認してないけど、大丈夫って想えた。それからあと、ヨルシカにもちゃんと連絡して、夜ごはんに誘えたら、誘ってみよう。そう思ったらちょっとだけ、体が軽くなった気がした。



びっくりするくらいのいい天気。目覚ましをかけなくても起きれるようになってしまった体を二度寝に沈めて、二度目の起床をしたわたしを迎えたのは、眩しい五月の光だった。カーテンを思いっきり開けて伸びをする。洗濯して、お布団干して、買い物に行って、おいしいお昼を作って。

「いく」「ぜったいいく」「きょうはやくおわるから!」わたしは逃げたりしないのに、ヨルシカは何に焦っているのか変換もしないでラインを送ってくるものだから、昨夜お風呂から上がったわたしは、一人で声を上げて笑ってしまった。お昼を食べたら、ヨルシカがいつ終わってもいいように、ヨルシカの職場の近くにいるつもりでいる。手書きの買い物リストを書きながら、なんとわたしは鼻歌をっていた。

Vネックのショートカーディガンにスキニーパンツ、久しぶりにちょっとだけヒールの高い、先のとがったベルトパンプスを出してきて。ちゃんとお化粧もしよう。図らずも踊る心にまかせて、ひとりで口元を緩めた。



「(あった)」

案外探してみるとあるものだ。まずは近場からと思って入ったスーパーで、わたしは早々にうちの会社のロゴの入った野菜に出合うことができた。世間ってせまい。真っ赤なトマトと、アスパラガス。そのほか、足りなくなっていたものをいろいろ。ゆっくりとした足取りで、わたしは買い物を楽しんだ。レシピはもう、昨日のうちに目を通してあるのだ。

トマトをきれいに洗って、アスパラは硬いところを取って、皮をむいて。パスタは容器に入れてレンジでいい。白玉ぜんざいに心惹かれたけれど、ヨルシカと会ったらいろいろ食べる予感がするし我慢した。スープはインスタントだけど、まあいいでしょう。

トマトとアスパラのオイルパスタ。珍しく写真まで撮ってしまった。出来もなかなかで、口をパスタでいっぱいにしながら、イナミ室長に感謝した。



「コトカ!」

仕事終わるまで近くのカフェにいるから、焦らず来てね。そう連絡して、読みかけであまり進んでいない本をたずさえて、わたしは平日の、おやつ時も少し過ぎて落ち着いたカフェに足を運んでいた。飲み物に少しずつ口をつけながら、読みかけの本のページをぐんぐんめくってゆく。気付いたら本当に集中していたらしく、休むことなくページをめくり続けていた。

そうして仕事を終えたヨルシカに連絡を貰って、カフェを出て待ち合わせをする。低くないヒールで走ってきたヨルシカの、おもいっきりのハグをくらった。ヨルシカの、きつすぎない香水のいい香りは、仕事終わりでいい具合に掠れていた。



「なんで連絡しなかったの」

一通り喋り終わると、ローストビーフとレタスをむしゃむしゃと咀嚼しながらものすごく眉を潜めてそう言うから、「おいしい?」と聞いたら「大丈夫顔あれかもしれないけど超おいしい、おいしいけど置いといて、」と早口でいなされる。どうやら誤魔化されてはくれないらしい。

ヨルシカはおいしいお店を予約してくれていて、ローストビーフのサラダ、ピザとグラタンをシェアして、食べたいものをどんどんシェアしていく形で食事は進んでいく。

この怒濤の一ヶ月を一から話すとなるとなかなかに長くて、言葉を探してゆっくりと喋るわたしを、ヨルシカは真剣な顔で、なにも言わずに聞いてくれていた。今年に入って、ヨルシカにはゆっくり会えていなかったし、異動するって話くらいしかしていなかった。

「文だと長いし、電話も長くなりそうだったし…」
「あたしに気使ったの?いいのそんなの!」
「だって、」
「あたしはコトカより長く社会人やってんの!先輩を頼ってよね!?」

大学を出たわたしと専門卒のヨルシカ、ヨルシカの方が一年だけ、わたしより長く働いている。ヨルシカだって大変なのに、とか、こんなに心配してくれて嬉しいな、とか、言いたいのに、ヨルシカの喋る勢いはそれを許してくれない。

「……いっぱいいっぱいだったんだよね」

急に落ち着いた声にふと顔を上げると、ヨルシカの優しい顔。

「ごめんね、辛いときに会いに行けなくて」

かっと目の縁があつくなって、慌てて唇を噛んだ。わたしの目は昨日の涙を覚えているみたいに、簡単に涙を作り出そうとする。涙をこらえている不細工であろうわたしの顔を見て、ヨルシカはいつもみたいに歯を見せて、花が咲くみたいに笑った。

「泣いてもいいよ!」
「やだよぉ…」
「あたし、そのハナレ室長に挨拶に行きたいなあ…あたしのコトカをありがとうって」

わたし、いい友達を持ったなあって。明日からもきっと頑張れるって。泣きたくなっちゃうんだ。

「……ねえ、ヨルシカ」
「なーに?」
「わたし明日、何て言って出勤したらいいんだろ…」
「だからあ!あんたそういうとこ考えすぎなんだって!熱出たって言ってあるならご迷惑おかけしました申し訳ありませんでした、で語尾にハートつけときゃそのヒノト室長?の目が腐ってない限りイチコロよ」
「ヨルシカは昔からわたしのこと贔屓しすぎだと思うよ?」
「そんなことないわよ。足りないくらいよ」

白玉が食べたい、って行ったら、おいしいお店探しとくね!って、ヨルシカは笑ってくれた。

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