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手を取られ綺麗に微笑んだヒノト室長にそのまま室長室内へと案内されたわたしは室長室のデスク前にある椅子へと真っ直ぐにエスコートされた。
「(椅子まで引いてもらってしまった…)」
ハナレさんとは随分と違う、と言ってはハナレさんに失礼かもしれないけど、ヒノト室長は随分とレディファーストをする方なのかな、と思わざるを得なかった。というより女の扱いに慣れてる…?
「俺、堅苦しいのは苦手だから楽にしていいよ」
「は、はい」
まだ頭の中が混乱していて上手く返事が出来なかった。それにいくら堅苦しいのが苦手だからといって楽に出来る相手でも、立場でもないので背筋をぴんと伸ばして思わず手の平を握りしめた。
するとさっきのヒノト室長の親指の感触がよみがえって、またあの感覚が背中に走った。
「(なんだろうこれ…)」
今まで感じたことのない感覚。もしかしたら緊張しすぎているせいで変に感覚が敏感になっているのかもしれない。うん、きっとそうだ。
「ふふ、まだ緊張してるね」
「はい…初めての異動とあって緊張しています。心構えは出来ていたはずなのですが、すみません…」
「君が謝ることはないよ。誰だって初めはそうだよ」
優しく微笑むヒノト室長に少し緊張がほぐれたような気がした。
それを察してかヒノト室長は用意していた資料をわたしに渡してきた。
「そこにここの主な業務内容や必要事項が記載されているから時間のある時に読んでね」
「はい、分かりました」
「分からないことがあったら聞いてくれて構わないし、しばらくはこの事業室を知ってもらう為に俺の付き人みたいな感じで勤務してもらうから」
「え、室長自らですか?」
「俺じゃ不満?」
「いえ、不満なんて…室長の足でまといにならないか心配で」
普通なら室長ではなく事業室の先輩方からそういう指導が入るものでは?という言葉は飲み込んだ。言ってしまってはいけないような気がした。
それに異動したてのわたしなんかが室長の付き人のような立場になってしまったら先輩方が気持ち良くないのでは…
そんな私の心配を初めから知っていたかのようにヒノト室長は穏やかな声で言葉をかけてくれた。
「君はハナレの所で秘書的な役割を全て叩き込まれ、君の努力が大きく実を結び一年でハナレの補佐になったって聞いてる。だからこそここに呼び寄せたんだ。それは俺も、ここの事業室で勤務する皆も知っているし、この提案にも皆が納得してるから安心して。新しい事業室で初めは失敗もあるかもしれないけど、それは君に必要なことだし更に成長出来るってことだしね」
ヒノト室長の言葉がじわじわと心に染みて広がっていく。
ハナレさんの元で過ごした一年が、そこで培ったノウハウが必要とされている。そう改めて実感した。そしてここでまた沢山のことを学んで成長していこう。
「うん、いい顔になったね」
「え?」
「不安そうだったから少しでもそれを取り除けたのかなって思っただけ」
ヒノト室長は人の些細な感情を汲み取ってくれるのかな?
そうだとしたらここの事業室はいざこざもなく円滑に業務が進んでいるに違いない。やっぱり噂通り室長たちの手腕はわたしが思っていた以上にすごそうだ。
「初めからご心配をおかけしてすみませんでした。改めて本日よりご指導をよろしくお願い致します」
「うん、こちらこそ」
椅子に座ったまま深々と頭を下げるとヒノト室長が椅子から立ち上がった音がした。頭を上げるとすぐ目の前にヒノト室長がいて、じっとわたしを見つめた。
「えっと、何か?」
「未事業室の名前にぴったりなふわふわな髪の毛だなと思って。それにちょっと気になってたんだ」
目を細めて口端を上げるヒノト室長の笑みは先程とは違って少し妖しかった。
何が、と聞けないままでいるとわたしの座っている室長室にぴったりなふかふかで座り心地の良い椅子がぎしりと小さく音を立てた。ヒノト室長が椅子に手を伸ばして、重さが加わったからだ。
それより近すぎる距離にわたしの頭はまた混乱してきた。これは上司と部下の距離ではない。思わずヒノト室長の頬に手の平が勢い良く伸びたけれど、その手の平をなんなく捕まえられて、あまつさえ指先にキスをされた。
「っ!」
「どうしてハナレと同じ香りがするのかなって」
ど、どうすれば良いの、この状況。
いくら室長室が周囲から見えないようになっているとはいえ誰がいつ入ってきてもおかしくないのに、ヒノト室長は何をしているの…?
「こ、これはっ」
「これは?」
距離は変わらないまま近い視線で聞き返される。揺れ落ちたヒノト室長の柔らかな髪の毛が頬に触れた。
「ハナレ室長から餞別に頂いたヘアケアセットを昨日、早速使わせて頂いたので、その、」
「ふーん」
納得したのかしてないのか曖昧な返事。
距離を戻す気はみられない。一体わたしにこの状況をどう打破すれというのだ。
その時、室長室にノック音が響き、それ以上に通る声で「失礼する」という声が聞こえた。
この状況を打破出来ないまま室長室のドアはゆっくりと開かれた。
「ヒノト、反物の市場動向がまとり次の販売戦略の企画が出来たから確認してく…」
「れ」と続くはずだった言葉はこの状況を見て失われたようだ。
私も何かを失ったかのような感覚に陥った。飄々としているのはヒノト室長だけだ。
「ヒノト、いい加減にしろ」
「タイミング悪いなぁ、カノエ」
仕方ないなぁといった感じでヒノト室長はようやく距離をとってくれた。
そしてヒノト室長が呼んだ名前に私はとある人物の顔が脳裏によぎった。それは視界が開けるとともに確信に変わった。
申事業室のカノエ室長だ。とんでもない方にとんでもない状況を見られてしまった。異動初日からなんてこと…
「ん?お前は…」
ヒノト室長に一通りお説教した後にわたしに視線を向けたカノエ室長はわたしのことを知っているような言葉をこぼした。
「(椅子まで引いてもらってしまった…)」
ハナレさんとは随分と違う、と言ってはハナレさんに失礼かもしれないけど、ヒノト室長は随分とレディファーストをする方なのかな、と思わざるを得なかった。というより女の扱いに慣れてる…?
「俺、堅苦しいのは苦手だから楽にしていいよ」
「は、はい」
まだ頭の中が混乱していて上手く返事が出来なかった。それにいくら堅苦しいのが苦手だからといって楽に出来る相手でも、立場でもないので背筋をぴんと伸ばして思わず手の平を握りしめた。
するとさっきのヒノト室長の親指の感触がよみがえって、またあの感覚が背中に走った。
「(なんだろうこれ…)」
今まで感じたことのない感覚。もしかしたら緊張しすぎているせいで変に感覚が敏感になっているのかもしれない。うん、きっとそうだ。
「ふふ、まだ緊張してるね」
「はい…初めての異動とあって緊張しています。心構えは出来ていたはずなのですが、すみません…」
「君が謝ることはないよ。誰だって初めはそうだよ」
優しく微笑むヒノト室長に少し緊張がほぐれたような気がした。
それを察してかヒノト室長は用意していた資料をわたしに渡してきた。
「そこにここの主な業務内容や必要事項が記載されているから時間のある時に読んでね」
「はい、分かりました」
「分からないことがあったら聞いてくれて構わないし、しばらくはこの事業室を知ってもらう為に俺の付き人みたいな感じで勤務してもらうから」
「え、室長自らですか?」
「俺じゃ不満?」
「いえ、不満なんて…室長の足でまといにならないか心配で」
普通なら室長ではなく事業室の先輩方からそういう指導が入るものでは?という言葉は飲み込んだ。言ってしまってはいけないような気がした。
それに異動したてのわたしなんかが室長の付き人のような立場になってしまったら先輩方が気持ち良くないのでは…
そんな私の心配を初めから知っていたかのようにヒノト室長は穏やかな声で言葉をかけてくれた。
「君はハナレの所で秘書的な役割を全て叩き込まれ、君の努力が大きく実を結び一年でハナレの補佐になったって聞いてる。だからこそここに呼び寄せたんだ。それは俺も、ここの事業室で勤務する皆も知っているし、この提案にも皆が納得してるから安心して。新しい事業室で初めは失敗もあるかもしれないけど、それは君に必要なことだし更に成長出来るってことだしね」
ヒノト室長の言葉がじわじわと心に染みて広がっていく。
ハナレさんの元で過ごした一年が、そこで培ったノウハウが必要とされている。そう改めて実感した。そしてここでまた沢山のことを学んで成長していこう。
「うん、いい顔になったね」
「え?」
「不安そうだったから少しでもそれを取り除けたのかなって思っただけ」
ヒノト室長は人の些細な感情を汲み取ってくれるのかな?
そうだとしたらここの事業室はいざこざもなく円滑に業務が進んでいるに違いない。やっぱり噂通り室長たちの手腕はわたしが思っていた以上にすごそうだ。
「初めからご心配をおかけしてすみませんでした。改めて本日よりご指導をよろしくお願い致します」
「うん、こちらこそ」
椅子に座ったまま深々と頭を下げるとヒノト室長が椅子から立ち上がった音がした。頭を上げるとすぐ目の前にヒノト室長がいて、じっとわたしを見つめた。
「えっと、何か?」
「未事業室の名前にぴったりなふわふわな髪の毛だなと思って。それにちょっと気になってたんだ」
目を細めて口端を上げるヒノト室長の笑みは先程とは違って少し妖しかった。
何が、と聞けないままでいるとわたしの座っている室長室にぴったりなふかふかで座り心地の良い椅子がぎしりと小さく音を立てた。ヒノト室長が椅子に手を伸ばして、重さが加わったからだ。
それより近すぎる距離にわたしの頭はまた混乱してきた。これは上司と部下の距離ではない。思わずヒノト室長の頬に手の平が勢い良く伸びたけれど、その手の平をなんなく捕まえられて、あまつさえ指先にキスをされた。
「っ!」
「どうしてハナレと同じ香りがするのかなって」
ど、どうすれば良いの、この状況。
いくら室長室が周囲から見えないようになっているとはいえ誰がいつ入ってきてもおかしくないのに、ヒノト室長は何をしているの…?
「こ、これはっ」
「これは?」
距離は変わらないまま近い視線で聞き返される。揺れ落ちたヒノト室長の柔らかな髪の毛が頬に触れた。
「ハナレ室長から餞別に頂いたヘアケアセットを昨日、早速使わせて頂いたので、その、」
「ふーん」
納得したのかしてないのか曖昧な返事。
距離を戻す気はみられない。一体わたしにこの状況をどう打破すれというのだ。
その時、室長室にノック音が響き、それ以上に通る声で「失礼する」という声が聞こえた。
この状況を打破出来ないまま室長室のドアはゆっくりと開かれた。
「ヒノト、反物の市場動向がまとり次の販売戦略の企画が出来たから確認してく…」
「れ」と続くはずだった言葉はこの状況を見て失われたようだ。
私も何かを失ったかのような感覚に陥った。飄々としているのはヒノト室長だけだ。
「ヒノト、いい加減にしろ」
「タイミング悪いなぁ、カノエ」
仕方ないなぁといった感じでヒノト室長はようやく距離をとってくれた。
そしてヒノト室長が呼んだ名前に私はとある人物の顔が脳裏によぎった。それは視界が開けるとともに確信に変わった。
申事業室のカノエ室長だ。とんでもない方にとんでもない状況を見られてしまった。異動初日からなんてこと…
「ん?お前は…」
ヒノト室長に一通りお説教した後にわたしに視線を向けたカノエ室長はわたしのことを知っているような言葉をこぼした。
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