早朝の空気は新鮮だ。明るんでいく空に眩しさを感じつつ心身が洗われるような感覚になる。
朝一番の空気を思いきり肺に取り込んで全身に巡らす。閉じていた目を開くとそこには眩いばかりの世界が広がっていた。今日もすごく農作業にとって良き日になりそうだ。

「皆、今日も朝からお疲れ様」

「イナミさんこそお早いお着きで。毎日様子を見に来てくださってありがとうございます」

「もう何度も言ってるけどそんなに畏まらなくていいのに」

作物の育ち具合の調査、契約農家の人々の体調管理。それはオレの仕事でもある。より良い作物を皆へ、がオレたちのモットー。
美味しいものを食べる皆は自然と笑顔になるから大好きだ。だからこそ、その笑顔の為にオレは妥協はしない。

「あそこの野菜は少し元気がなさそうだから無農薬の肥料を追加して」

「はい」

「うん、このトマトは立派に赤々と弾けそうなほど見事な出来だね」

「ありがとうございます」

辺り一面の野菜畑からは青々とした匂いと生命力に溢れる力強さを感じる。
自然はなんて力強いんだろう。緑の葉から太陽光を取り込んで、根からは土の養分を。

美しくなる為に生きている。
そんな食物たちも、それに携わる農家の人たちもオレにとっては家族のように大切なものだ。

「うん、一通り見て回ったけどどれも順調そうで良かった。もし何かあったらすぐに連絡してね」

「はい、ありがとうございます、イナミさん」

それからオレは一面の農地を見渡せる場所に移動して彼らを少しばかり見守っていた。
広大な農地に幾人もの人たちが休むことなく働いている。いつも頑張ってくれている彼らに何か恩返しをしないといけないな。

そんな風に思っていた時、向かいの道を中々のハイペースで走っている女の子がいた。
こんな早くからランニングなんて頑張り屋さんなのかな、なんて思ってたけど表情をよく見ると何かを吹っ切りたいような少し苦しそうな表情だった。
無性に気になって、オレはさっき農家の人たちからもらったトマトを懐にしまい込み彼女を追いかけた。

本当はあんまり走るの好きじゃないんだけどこういう時は仕方ないよね。
早く追いついて何かオレに出来ることがあればいいんだけど。

「ねぇ、そこのキミ待って」

「え?わたしのことですか?」

「そう、キミ」

ゆっくりとペースダウンしていく足並み。完全に足が止まると呼吸を整えるように彼女は何度か深呼吸をした。
ふわふわな髪は触り心地が良さそうで、額に光る汗はキラキラと輝いていた。

「突然呼び止めてごめんね。ナンパとかじゃないから安心して」

彼女は真っ直ぐにオレのことを見ると目を見開き急いで髪を整えて綺麗にお辞儀した。

「え?」

「初めまして、イナミ室長。わたしは昨日から亥事業室より未事業室へと異動になったコトカと申します。イナミ室長の手腕のお噂も兼ね兼ね聞いております」

そうか、この子同じ会社の子だったんだ。
この丁寧な挨拶やお辞儀の仕方はハナレに仕込まれたものか。良く似てる。

「職場じゃないんだし、気楽にイナミって呼んでほしいな。コトカちゃん」

「えっと、じゃあイナミさん」

「うん、その方がずっと嬉しい。あ、もし職場で会ってもそれでいいからね」

悪戯っぽく笑うとコトカちゃんは何度が瞬きをした後、小さく笑った。さっきの表情よりずっとかわいい。

「コトカちゃんが走ってるのを偶然見かけたんだけど、何かを吹っ切りたくてガムシャラに走っいるような気がして追いかけて来たんだ」

「…イナミさんは噂通り優しいんですね」

「そうかな?気になったから追いかけて話しかけただけ。全部オレの自己満足だよ」

自分の思ったことを、信じたことを行動する。それがオレ。時に失敗はあるけどマイナスにはならない。次からはプラスに変える努力をするだけ。

「詳しい話を聞きたいって訳じゃないんだ。話せないことや言いづらいことは人には沢山あると思うから」

「…はい、その通りです」

「コトカちゃんの走って何かを忘れたい、払拭したいって気持ちも分かるよ。けどね、それだけだと体も心もいつか疲れちゃうと思うんだ」

「体も心も?」

「うん。だって空を眺めるだけで、好きなものを見るだけで、美味しいものを食べるだけで薄くなって消えていくものもあるよ。だから、そんなに肩肘張らなくても時にはただぼんやりとマイペースに過ごすことも必要だってオレは思ってる」

懐からトマトを取り出してコトカちゃんの手の平に乗せた。

「これは?」

「さっき採れたばかりのトマト。味はオレが保証するよ。鮮度が落ちないうちにお家に行って食べてみて」

「あ、ありがとうございます」

「きっと、払拭したいこと全部なくなっちゃうくらい美味しいから楽しみにしてて」

オレが笑うとコトカちゃんも少し元気になったのかかわいい笑顔を見せてくれた。

「キミ、真面目そうだから、息抜きしたかったらいつでもあそこにある農地に来て。大体オレもいるし、農家の人たちもすごくいい人ばかりだから」

「はい、ありがとうございます」







イナミさんと別れてからすぐに家に帰って、頂いた美味しそうなトマトを軽く水ですすいで切らずにそのまま齧ってみると濃厚で甘く、少しだけ酸味を残したトマトの味が口いっぱいに広がって自然と頬が緩んだ。

「美味しい…」

その美味しさに心が満たされたような気がして、トマトを食べ終わった後汗を流すべくシャワーを浴びた。

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