降り止まぬ雨に全てを流して

不死身の杉元


雪の降る山奥の河原で、一人の男が冷たい川の中でしゃがみ込み、何かを探していた。男の直ぐ傍では、一人の少女が焚火で暖を取り、男の上着を着たまま、器用に座ったまま眠りについている。其処へ、一人の年老いた男が酒瓶を片手に何処からともなくやってきた。年老いた男は、焚火の直ぐ傍に腰を下すと、冷たい川の中で一生懸命、何かを探している男の名前を呼ぶ。

「杉本佐一さん。調子はどうだい。ええぇ?」
「あんた、また呑んでるのか」

杉本と呼ばれた男は、川で拾った無数の砂利を洗いながら、砂金が取れない事を嘆く。そんな、杉本を年老いた男は、砂金を取って設けるのは一握りだと砂金を探すのは目利きが大事なんだと告げる。だが、しかし杉本はあきらめる事無く、砂金を探すべく砂利を洗い続けた。

「杉本さん。あんた、そんなにお金が欲しいのかい? それなら、鉄砲を持っているんだから、猟師になりゃいいじゃねか。それか……」

年老いた男は、焚火の近くで杉本の上着に包まれてあどけない表情で眠る蓮を舐めるような視線で見詰める。

「この子を遊郭へでも売り飛ばせば良いんじゃないか? この子ならば、見た事のない値段で売れるだろうよ」

何気なく吐いた老人の男の言葉を、杉本は鋭い目つきで睨みつける。

「確かに、今の俺には金が必要だが……この子だけは死んでも売らねぇ。この子は、俺のモノだ」

尋常ない殺気を放つ杉本に、男は顔を青褪め冷や汗をかく。「冗談だよ。真に受けないでくれ」震える声で告げる。

「言葉には気おつけろ。次は無いぞ」

未だ、淀んだ瞳で睨みつける杉本を「ああ……すまない」謝罪の言葉を口にし、命拾いしたと酷く安心し、ため息を吐く。

「なあ。お詫びと言っちゃなんだが、面白い話をしてやろう。砂金にまつわる話なんだけどよ。ひとに言っちゃダメだぜ。あんたの事気に言ったから話すんだぜ」

男は、酒を呑みながらぽつりぽつり語り始めた。アイヌの隠された金塊を盗む為、金塊を所有していたアイヌの人達を1人残らず皆殺しにし、走監獄へ収容された男の事。その男が金塊の在りかを外の仲間へ伝えるべく、囚人の身体に刺青を残した事を男は語る。

           *

全てを、洗いざらい金塊の事を話し終えた男は、酒瓶を片手で頬を赤く染め地べたへ寝転がり始めた。

「……。それで?」
「あ? 何が?」
「脱獄犯や金塊はどうなった?」
「それっきりさ。脱獄犯達は誰もつかまってない。金塊がどうなったのかも……誰も」
「あんた、その話誰から聞いた? 随分、詳しいけど。また、何時ものホラ話だろ。前にも絶滅したエゾオオカミが、まだ生き残ってるとかホラ吹いてたし」

杉本は、道具を置き、川岸へ上がる。そして、焚火の傍で、寝ている蓮を優しく抱きあげ、自身の膝の上へ乗せ、暖を取った。まったく起きる様子の無い蓮を見て些か心配にはなる。

「早く、目を覚ましてくれ」

お前が起きていないとつまらない。杉本は、腕の中で眠る蓮を強く抱きしめ、そっと自身も瞼を閉じた。

           *

ふっと、蓮は目が覚めた。肌に感じる人の温かさに視線を上げれば、蓮を抱えたまま眠る杉本の姿が目に入る。杉元……。また、目が覚めたばかりだと言うのに、温かな杉元の体温で、蓮は、またうつらうつらとしていた。その時、杉本の後ろで、一人の老人の男が、杉本の歩兵銃をガチャガチャ忙しなく弄っていた。

「……くそっ」

どうやら、歩兵銃の扱い方があまり分からないらしく、男は歩兵銃の扱いで戸惑っていた。男が歩兵銃を弄る事へ気を取られいる内に、歩兵銃を扱う音や人の動く気配等に敏感な杉元が、うすら目を覚ました。

「しゃべりすぎた」

杉元が目を覚ました事へ気付き、男は安全装置も外さず、杉本へ歩兵銃を向ける。

「……」

銃を向けられて居るのにも関わらず、動揺することも驚いた様子も無く、杉元は、蓮を腕の中で抱いたまま、自身へ向けられている歩兵銃を強く掴み、心臓の辺りへ押し付ける。

「試してみるかい。俺が不死身かどうか」

感情を一切灯さない、ぞっとするような視線を向ける杉元へ対して、男は恐怖のあまり、ゴクと唾液を飲み込む。自身へ怖気付いた男の気配を感じとった杉元は、直ぐ側で転がって居る手頃な石を掴むと、殺される前にと、男の顔面を石で強く殴った。

「あがぁ!」

鼻から赤い鮮血を流し倒れ込む男を尻目で杉元は、男が落とした銃を拾うと、男とは違う慣れた手付きで安全装置を解除し、いつでも歩兵銃が使えるよう戻した。

「ほら。これで、いつでも撃てるぞ」

銃を片手で、まるで「俺を殺せるものなら殺してみろ」と物語る様な冷淡な視線で男を見詰める。


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