ほっとした表情を浮かべ束の間、杉元は、蓮の背後迄来ていたヒグマを見て顔を青褪めた。
「蓮、後ろ!」
自身の背後へ指を指しながら伝える杉元へ後ろを振り返れば、自身の目の前までヒグマが迫っていた。
「待ってろ、いま助ける……!」
歩兵銃を構える杉元が見えるが直ぐ傍まで迫り来ているヒグマの大きな爪。間に合わない。蓮は、襲い来る痛みを待ち構える為、そっと目を閉じた。どうせ、傷を負ったとしても直ぐに治る。けれども、何時まで立っても痛みはやって来ない。そっと、瞼を開けるとヒグマの胸元に矢が刺さっていた。
「早く、離れろ」
声が聞こえる方へ振り返れば、小さな12〜13歳ぐらいの年の青い瞳が美しい女の子が勇敢に弓を手に立っていた。蓮は、女の子の言う通り、ヒグマから急いで離れる。
「蓮、怪我は無い?」
杉元の問いにこっくりと頷く。「よかった」杉元は安心した表情で優しく微笑んだ。
「和んでる所、水を指してすまないが。もう少し、ヒグマから離れた方が良いぞ。トリカブトの根やアカエイの毒針を混ぜた即刻性の毒矢だが……ヒグマだと10歩は動ける」
杉元は、今度こそ蓮の手を離さない様、ヒグマから距離を取る。ヒグマは、苦し気に唸り声を上げながら大きな音を立ってて倒れ込む。
「死んだのか?」
背負っていた男の死体を地べたへ寝かせるとそっとヒグマの傍へ寄る。
「逆立っていた体毛がねている。死んだ」
「なんて爪をしてやがるんだ、こいつは……バケモノだ、こんなので引掻かれたらたまらんな」
蓮の頬を優しく引っ張りながら「あんなのに、引掻かれたら、怪我じゃすまなかったぞ」優しく笑う。
そんな中、少女がヒグマへ放った一本の矢を抜き取り、周りの肉を削いでいた。
「何やってんだ?」
「毒矢が刺さった周りの肉を取り除く。そうしないと、毒が強いから肉も毛もダメになる」
周りの肉を削ぎ終えた少女は、地べたへ寝転がる男の死体へ指を指す。
「その男、死んでるのか?」
「ああ、ハラワタ全部喰われて埋められてた。
その母熊にやられたんだ」
「母熊?」
「小熊が木に上っていた。その下の穴から母熊が出てきたの」
紙で書いた用紙を見せながら、小熊がいた場所を指さす。けれども、少女には蓮の言葉が伝わって居ないのか、首を傾げる。
「すまない。私は簡単な字なら分かるが、難しい字は分からない。彼女は何と言ってるんだ?」
「ん? ああ……。母熊はあそこから出てきたって言ってる」
「穴から出てきた? それは変だ」
横に寝たわっているヒグマの腹の上へ上り、持っていたナイフで腹を捌く。
「冬ごもりの穴から出たばかりの熊は何も食べない。胃が縮んでるから、すぐに喰えない。子供を守るために近づいた人間を襲ったとしても肉までは喰わない」
掻っ捌いた腹の中の小さく縮んだヒグマの胃を掴み、胃の中が空っぽな事を告げる。
「ほら、やっぱり。胃が空っぽだ」
執筆中
前 表紙に戻る 次