降り止まぬ雨に全てを流して

第一章



はっと目が覚めた。視界に映り込む見慣れない天井。私は、先程までエンティティと話して居た筈では。見慣れない天井を見詰めながら、私はぼんやり考え込む。ああ……また、やってしまったのか。気を緩めるとすぐ眠り転けてしまう癖、治さないとね。欠伸を一つ噛み締めながら、私は寝て居た身体を起こす。

「エンティティ」

 彼の名前を呼ぶが彼からの応答は無い。彼方此方から彼の気配は感じるが……忙しいのか?

「……」

 ぼんやりそんな事を考えながら、欠伸を一つ噛み締めてうとうとし始める。寝ている場合じゃ無いのに……。必死に、遅い来る眠気に抗いながらも、蓮はベッドの脇に置いてある靴に手を伸ばす。そして、半分寝こけたまま靴を履きかけた時、キィと歪な音を立てて部屋の扉が開いた。

「やっと、起きたんだな」

 此方に近づいて来る足音と低い男の声音。私は、靴を履く手を止めて、声が聞こえた方へ顔を上げると其処には、ボロボロのインナーにオーバーオールという粗末な衣類を身に纏とい、顔には笑みを浮かべるように口を大きく開いた不気味な白いマスクを付けた大男が、静かに私を見下ろして居た。

「?」
「……? まだ、寝惚けてるのか? 靴、左右逆に履いてるぞ」

 大男は、私の前まで近寄り屈むと左右逆に履いて居る靴を脱がし、優しく履かせてくれた。

「……有難う」
「ん? ああ、気にするな」

 態々靴を履かせてくれた彼へ礼を言えば、「俺がしたくてやった事だ」ぶっきらぼうな態度では有りながらも、私の頭を撫でる手付きだけは何処までも優しかった。

「っと。悪いな、勝手に撫でちまって。嫌だよな」

 離れて行く温もりに、私は無言で目の前の彼の手を引き留めて、再度彼の手を頭に乗っける。

「嫌じゃないから、もっと撫でて欲しい」

 素直に、彼へそう告げれば彼は不器用ながらも、また優しい手付きで私の頭を撫で始めた。

「あーっと。頭撫でながら悪いんだが……」

 彼は、私の頭を撫でながら片手でバインダーを何処からともなく取り出す。

「お前に言っておかなきゃいけない事があってな。ちょっと一旦手を離すぞ」

 頭から手を離して、バインダーに挟まれている紙を見ながら、彼は部屋割りの話をし始めた。

「部屋の件についての事なんだが……。女子部屋が今は何処も空室がなくてだな……言いづらいんだが、男子部屋のとある一室しか空いてないんだが……相部屋でも構わないか?」
「? 私は別に、何処でも良いよ?」

 どうせ、部屋を貰ったとしてもその部屋はあの空間へ繋ぐ役割でしかない為、別に部屋に拘りは無い。あの空間へ行けるのであれば、何処だって良い。例え、物置き倉庫だとしても。私は一向に構わなかった。

「そう言ってくれるのは、有り難いんだが……。何せ、お前の相部屋の相手がな」

 マスク越しからでも分かる。陰鬱そうな雰囲気と顰めた表情。マスクで顔を隠して居ながらも随分と感情豊かな人だな。場違いな事を考えながら、蓮はぼんやりとした表情で目の前の大男を見詰めていた。

「まあ、お前はあのエンティティのお気に入りだし。彼奴も馬鹿じゃないから無闇矢鱈にお前を襲ったりしないだろう」

 ぶつぶつ小さな声でそう呟いた後、私を一旦見詰めて優しい手付きで私の頭を人撫ですると、バインダーに挟んであった薄い紙の束を私へ差し出した。

「エンティティから頼まれて居た資料だ。時間がある時に、読んでくれ。此処の事や此処に住む住人の事が事細やかに書かれて居る。俺が説明するよりかは、その資料を読んだ方が早いだろ」

 渡された紙を受け取り、彼の話を聞き流しながら蓮は貰ったばかりの資料を開き、資料へ目を通す。資料の中には、此処の図形や先程、彼が言っていた住人の名前とほんの少しの経歴が書かれて居た。その資料の中には、勿論の事。彼の名前もあった。

「トラッパー?」
「ああ、此処ではそう呼ばれて居る。本名は、エヴァン・マクミランだ。トラッパーでもエヴァンでも、お前の好きな様に読んで良い」
「なら、エヴァンと呼ばせて貰うね」

 お互い握手を交合わせながら自己紹介をして、それからエヴァンはエンティティに呼ばれて何処かへ行ってしまった。私は、エヴァンから貰った部屋番号の紙と資料を読みながら、部屋を後にした。