それからというもの、レイジとサラの生活は穏やかで平和なものだった。
レイジは陽の光を浴びれない為、屋敷の窓という窓は全て閉鎖されて蝋燭やシャンデリアの明かりしかない。だがサラが来てからというもの、二階の閉じていたバルコニーを夜のうちに解放し、サラがいつでも日光を浴びれるようにした。それは、人間には日光が必要不可欠と知っていてのことだった。
それだけではない。
レイジの料理の腕は確かに高く、どの食事もバランスがとれている上にどれも美味しかった。何年生きているかは分からないが、「ずうっと昔の料理だよ?」なんて謙遜しているが、それでもサラの舌には何も問題はなかった。
そうやって衣食住を提供しつつ、己の美食の為にサラを世話していたレイジは、今夜初めてその味を確かめることになった。
「……最初は痛いかもだけど、ぼくに身を任せて」
二人共ベッドに腰掛け、レイジはサラを抱き寄せるとそのまま首に顔を近付け、口を開けた。
首筋に刺さる牙。そして吸われていく血液。
その感覚は今までに体験したことがなく、形容するのも難しいが、それに不快感はないどころか寧ろ心地良さがある。多分、問題なく吸血する為にこのような効果があるのだろうとは思うが。
吸い取り終わり、レイジは牙を抜くと舌で優しくその後を舐めた。
「……吸う量はそこまで多くないのね」
「まあね。でもこれからも美味しくするからさ☆」
レイジはサラを抱き締めたまま、ベッドに寝転ぶ。抱き合いながら寝る形になって、今まで殿方とこういう関係になったことのないサラは密かにドキドキしていた。
そんな様子に、レイジは思わず可愛いと思いながらも、それを口にすることはなかった。何故なら、二人は決してそのような関係ではないからだ。
「やっぱり、サラちゃんのお味は極上品だね。ぼくの嗅覚に狂いはなかったよ」
「それなら、良かった」
レイジとしてはまだ、味を確かめるのはまだまだ先の予定であった。しかし、サラが与えてもらってばかりなのは嫌だからと、対等な立場で居続けたいらしい彼女は対価として貰うようにせまった。
「あんた、自分の部屋に戻る気ないでしょ」
「えへ、バレた? ぼくが寝かしつけてあげるから、その代わり一緒に寝させてよ」
「子供扱いしないでよ」
あの時、今にも自らの手で消えそうになっていた彼女はもういない。人間社会を忘れ平和かつ穏やかな日々を送るようになり、ここを居心地が良いと思えたサラは、血を全て捧げるその時までお世話になろうと決めた。
帰りたいか、とレイジは過去に尋ねたことがある。
その問いに対して、サラは即答でノーと言った。
詳しい事情はレイジもまだ知らない。どうやら記憶に留めたくないようで、口に出すのも疎ましいようだ。元々の身なりと仕草から見て、どこかのお嬢様で嫌になって逃げてきたのかなとレイジは推測はしているが、答え合わせの日は恐らく来ないだろう。
「ねぇ、サラちゃん」
「なに?」
「……いや、なんでもない」
「はぁ? なんなのよ」
でも、もし、あの時彼女が帰りたいと答えていたら。
素直に帰すことが出来たのだろうか? 確かに、今更帰す気はないだなんて言ったのはレイジの方だが、それでも本人の意思を尊重したいと思ってしまうのだ。
その感情は、どこから来るものか。何から生まれ、どのようにしてその形になったのか。とうの昔に忘れていた感覚が再び蘇ってきて、それは本人ですらも驚いている。
ただの餌であるなら、本人の意思を尊重したいだなんてこと、思うわけがないというのに。
しかし、それを認めるのが怖かった。
口にするのが怖かった。
血を求める者と、血を差し出した者。
そもそも、人間と吸血鬼とで種族すらも、寿命も、生きた時間も違うのだ。全てが歪な関係であるというのに、今更そんな恋物語じみたものを求めるなんて、と思っていても感情の制御が出来るほどの高度な機能などその身体には無かった。