甘美なる罪と罰 ー 4


 二人の関係に、特別な言葉など不要だと気付いたのは、そこからある程度時間が経ってからのことだった。

 同じベッドで寝るだけでなく、ただ血を吸うだけでなく、本来の二人には不要なキス。手を繋いで歩いたり、抱きしめ合ったり、時には夜をそういう意味で過ごしたりもした。

 レイジにとっては、愛着が湧いただけかもしれない。
 サラにとっては、ただ世話を焼く彼に懐いただけかもしれない。
 でも、この屋敷にも森にも辺りにも誰もいない。二人しかいない。二人だけの世界で、彼らを止めるものなど何もひとつとして無かった。そして、そんな感情にブレーキをかけようとすらしなかったのも、彼ら自身だ。

 二人を別つものなどない。そう信じていた。
 だが、転機は思ったよりも早く訪れてしまった。


 娯楽等特にないこの場所で、彼らは暇つぶしも兼ねてよく夜になると屋敷の近くを散歩していた。

「ほら、風邪引いちゃうからちゃんとストール羽織って」
「そしたらレイジが冷たい風浴びちゃうんじゃないの?」
「ぼくちんは大丈夫だよ、なんてったって人じゃないし☆」

 おちゃらけた冗談に、サラは「全く……」と軽いため息を吐きつつも表情には微笑みを浮かべていた。そして差し出されていたレイジの手を取り、エスコートされる形で歩く。
 電気や街灯がないお陰で、星空や月はとても鮮やかに、綺麗に見える。そんな景色が密かにサラのお気に入りで、それを見つめるサラの表情が、レイジのお気に入りだった。

 そんな星空の下、歩いたり座り込んだりしながら、何気ない話をする。暗い森の中にいても、彼がいるのなら不思議と何も怖くはなかった。
 外に出たとて何かやれることが増える訳では無いが、それでもまた何気なく幸せな時間の一つだ。二人で話し込んだりしているうちに、思っていたより時間が経ってしまうこともしばしば。

「あまり夜風に当たってると冷えちゃうから、そろそろ戻ろっか」

 月の位置が変わっていることで時間の経過に気づいたレイジが、サラに提案をする。座り込んでいた為、レイジが先に立ちまたまたサラに手を差し出す。
 そうだね、なんて返事をしながら、彼の手を取って。立ち上がろうとする。しかし、その時に事は起こった。

「わっ……! サラちゃん、大丈夫?」

 サラの身体が、思わずレイジの方に倒れ込む。
 バランスでも崩したのかな、なんて思っていたレイジだが、サラの様子を見てそんな単純な話ではないと悟る。

 顔が青ざめていて、呼吸が早くて浅い。倒れ込んだというのに、そこから自分で立ち上がることもない。正確には、立ち上がれない、と言ったところだろうか。

「サラちゃん! しっかりして!」

 ――このままじゃ、サラちゃんが危ない。
 焦りつつも、レイジは彼女を両手で抱え込み、お姫様抱っこの形で屋敷の中へと急いだ。

 人の死など、吸血鬼の前ではそんな大層なものでもないというのに。寧ろ、ここぞとばかりに新鮮な血を好きなだけ吸える絶交のチャンスだというのに。
 それでも、彼女を亡くすことだけは、彼女を苦しめるようなことだけは、何故か耐えられなくて。

 彼女の使っているベッドに着くまで、大した距離がある訳でもないのにとても長く感じた。彼女を寝かせると、まだ顔色が悪く苦しそうな表情を浮かべていた。

「サラちゃん、大丈夫だからね……」

 そう言いながら、彼女の手を握る。
 看病なんてしたことがないしされたこともない。どうすればいいか分からなくて、ただ彼女の手を握って、ただひたすらに祈った。存在を認めることも、信じることもなかった神に初めて助けてくれと懇願した。
 だが、神聖らしい神は吸血鬼に救いの手など差し伸べるはずがない。ならば、自分ではなく、人間である彼女にと願う彼の姿が、最も人間らしかった。






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