平和に行きましょう。

おねこさま2


 何かいる。
 鱗滝左近司の目の前に、こんもりとした布の山があった。山からにゅっと白くて細い腕が伸び、地面を掻くような形で倒れている。黒々とした髪が広がって、月明かりに照らされて僅かに光っていた。
 見事な行き倒れだ。血の臭いはしないが、嗅いだことの無い奇妙な香りと上等な羽織を纏っている。
 行き倒れの娘は神職が着るような着物に面妖な布面をしていた。鱗滝とて天狗の面はしているがそれはそれ、これはこれ。とりあえずえいこらしょと背負うと、懐に短刀を隠し持っているらしかった。思ったより物騒な娘である。



「現世ではその布面を決して外してはなりません」
「物の怪や人外に好まれるその血と霊力を封じる装束です」
「この玉のない鈴が鳴る先に行ってはいけません」

 絶対外させるものかという強い意志すら感じる布面を引っぺがすと、下から現れたのは人形じみて整った娘の顔だった。丸みを帯びた幼げな顔は12かそこらか。あどけない寝顔だというのに、紅い唇が妖しさを孕ませ妙に落ち着かせない。
 よし、座敷童子でも拾ったと思おう。鱗滝は一旦現実逃避した。

 えぐえぐひっくと沙は泣いていた。目玉が溶けるかといわんばかりにぐずぐず泣いていた。
 目の前には沙の布面を持って困惑している天狗の老人がいる。目が覚めて突然天狗の面があったらまぁそれもそれで子どもが泣く理由になり得るが、どちらかというと布面が重要だった。
 その布面は重要な呪具だった。本丸のある空間から現世に降りた時、その辺の物の怪やらに目を付けられないようにする為の大切な護身具だったのだ。それが寝ている間に剥がされ、天狗に拐かされたとなったらもう泣くしかない。退魔の祓詞を裏地に縫い込んだ千早も老人の手元にあるときた。
「泣くんじゃない。お前が倒れていたから、寝かせる為に取ったんだ」
「うぇえええ……行き倒れてたの恥ずかしい……。でも助けていただいてありがとうございます……」
 天狗は親切な人間だった。身ぐるみ引っぺがして追い剥ぎしない良識的な人が世話をしてくれたらしい。
「ごめんなさい……お礼をしたいんですけど、今身につけている物はどれもお渡しできなくて……」
「行き倒れて泣く子どもから何か貰おうと思う程困窮しておらん。どれもお前の大事な物なんだろう」
「うわあああああんすごい人格者だああああ」
 凄い、下手したら沙の知る現代人より懐が深い。
「話を聞かせなさい。お前は何故行き倒れていたのだ。その服装と短刀から見るに、随分良い家の生まれだろう」
 布面と羽織を返してもらいながら問われたそれに、沙はどう答えるべきかやや口ごもった。なんせ、本丸では修羅場だったのだ。真名握っちゃった長谷川とそれにブチ切れて何故か真名握ってきた蜻蛉切による殺し合いが起き、宗三や日本号と御手杵により這う這うの体で現世に逃がされた。「どうにかすっからそれまで現世でのんびりしててくれ」と言ったのは御手杵で、布面やら装束、そして呪具を一通り持たせて説明してくれたのは宗三である。きっと蜻蛉切と長谷川を簀巻きにしてボコボコにしてから迎えに来てくれるのだろうが、しかしそれらを如何様に説明したものか。天狗の向こうにある顔がどんな表情をしているのか分からないから、尚更何となく怖い。
「説明しにくいのなら、質問していこう。親はどうした」
「事故で亡くなりました」
「孤児なのか」
「肉親がいます。ただ、事情があって私は護衛達と遠くの土地で別々に暮らしていました」
「では、何故行き倒れていた?」
「……護衛同士が殺し合いし始めたので、それが収まるまで逃げろと……」
 よくよく考えたら凄まじい本末転倒さ加減である。守るべき主を逆に傷付ける護衛なんて無能以前の害悪だ。沙の答えを聞いた老人も頭を押さえていた。沙も同じ気持ちである。
「えと…私、物の怪とか、人でない何かを引き寄せてしまう体質なんです。だから、このお面と羽織、鈴とかが魔除けの呪具になっていて……」



「この呪いを根治するのは、私では無理です。何故なら単純に私が本職でないからです。でも、逸らすくらいなら出来ます。時間と手前は掛かるけど、知ってる中では確実な方法です」
 辿たどしい口調の中から緊張と恐怖がありありと伝わってくる。
「その方法というのは、どんなものなのかな」
「人形を使ったものです。人形で貴方の身代わりを作って、対象を誤認させるんです。すぐに全部が肩代わりされる訳ではなくて、ゆっくりと移ります。身代わり人形も、作るのに一月位は掛かります。私が知っているのは、これくらいです」
 目の前の少女は自分が恐ろしいらしい。だが恐ろしいなりに自分の誠意は見せるべく、良い点も悪い点も全て嘘偽りなく答えている。煙に巻いて自己保身に走ることも出来ないくらい、とても純朴で愚かなまでに素直な娘だ。

「えっと、うーん……私たち審神者ってこう、縁の糸が見えてるんです。ちょっとあれな言い方なら、運命の赤い糸みたいな感じで、人と人が繋がってます」
「それで、産屋敷さまもここにいる人達と凄くしっかりした……いやほんと鉄で出来てんじゃないかなって思うんですけど……。その中で、物凄く古くて、切れそうで全く切れないもどかしい細い物があります。穢れが溜まって、見るもおぞましい醜い縁が」
「簡単に言ったら、これが多分、産屋敷さまの呪いの原因です。こっそり切ろうかなって一瞬思ったんですけど、そしたら多分周りにもばぁーって拡散されそうだったので止めました」
「なので、身代わり人形に繋げちゃおうかなって。産屋敷さまが一月肌身離さず穢れも体臭も何もかもを写したそれに、こう、ちょいちょいって縫い付けておけば、少なくともこれ以上悪化はせずに済みます」
「お身体に溜まってる分も移したかったら、今ある呪いの気も人形に繋げることができます。ただ、そうなると、人形を処理するって時になると、多分鬼退治とは別方向で物凄く苦労なさると思います」
「その時は、うん……お焚き上げすればまず間違いはないので、持てるツテを全力で最上級のお祓いとお焚き上げなさって下さい」


















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