平和に行きましょう。
しんこうしんぜろ
元より神仏に縋る気持ちも極楽浄土への道もすっぱりきっぱりなく、信仰心すらすっからかんの有様でこれは地獄行き確定だろうなぁと自己申告出来るレベルで色々仕事をしてきたつもりはある。
「小頭、小頭」
くい、と袖を引っ張られる感覚に振り向けば、慣れより幾らか下の高さから目一杯見上げてくる女子……のような少年が、心配そうな表情で雑渡を見ていた。
「い、沙くん…か?」
「どうかなされましたか、ヤケドがいたむのですか?」
どうしてここにいる、という言葉は寸で飲み込んだ。まだ10も越えていなさそうな小さな姿で「沙」と呼ばれた子どもは、心底心配そうな様子を滲ませながら眉根を下げている。いやしかし、この子どもが本当に雑渡が知る忍たまの辺銀沙なら、全てにおいて疑わなければならない。初対面の時、彼の女装と演技に1度だけとはいえ確実に騙されたのだから。
「…お前は、今年でいくつになるんだった?」
「へ?えっと…」
突然の質問に、沙は「ひぃ、ふぅ、みぃ…」と思案しながら指を折っていく。
「やお…今年で八つになります」
あちこち縦横無尽に飛び回る身軽さは、忍者というより天狗を思わせる。おまけに体が軽く、足音な忍ばせ方が異様に上手い。
「沙は筋が良いな」
「年上の尊をからかって、追い掛けさせているそうですよ 」
「…だからいつ見掛けても一緒にいるのか」
雑渡から見れば尊奈門も沙も同じ歳に思えるが、子ども同士では一つ二つの歳は重要らしい。大方、娘のような格好で尊奈門を意識させておちょくっているのだろうが、いつか手痛い報復を受けるかもしれないと分かっているのか。別に衆道を否定する訳ではないが、悪癖がつくのは勘弁してほしいのだ。
「あいつらの情操も育てねばな」
「酷い匂いだな。鉄と、腐臭だ」
噎せ返る悪臭の中、沙は鼻を摘みたい衝動に駆られながら深呼吸のように嘆息した。慣れる慣れない以前に、本来なら嗅ぐ事態にならない暮らしをすることが最も重要かもしれないと思う。無論、好き好んで忍をしているのだから、そんなことは口が裂けても言えないが。
「惨いですね。こうはなりたくありません」
「なら逃げ足を磨け。逃げきれなくても仕事は果たせ」
「はい」
自分が死んでも他にいる。それは、なんて安心できることだろう。自分の代わりに果たせる仲間がいて、死ぬ時は悔いなく人の為に死ねるのだ。
狂っているな、と自覚はしている。だが、そうでなくては生きていけない。沙にも親はいたが、父親は仕事中に死んでしまったらしい。父親と兄弟のように仲の良かった雑渡が育ててくれているものの、いまいち距離は計りかねていた。
母親はどこかの裕福な商家の娘。1時の熱情による婚外子だが、男は男。きっと向こうの家は、曰く付きだが男が生まれてほっとしたろうに、父親は生まれたばかりの沙を攫うようにしてタソガレドキで育てた。忍者の三禁を破りに破った父を雑渡がどう見ていたかはともかく、父は沙を可愛がってくれたし、亡くなった現状でも沙はタソガレドキの中で普通に暮らせている。
「小頭」
「なんだ、沙」
「いつかの時の為に、自死の許可を下さい」
「なんだと…?」
「易々と死ぬつもりはございません。ですが、いつか来るべき時に、私は自死したいのです」
友人が婚外子で作った子どもは、あの小憎たらしい女とよく似た顔をしている。だが、友人の雰囲気が無いわけでもない。いまいち何処を見ているか分からないぽやっとした目に、無駄に真面目で損をしやすい性根。探せば探す程、顔以外は友人の心を奪った女とは違った非常にいい子なので、今の所代わりに育てるとなっても不具合は全くない。女にしか見えない男というのも忍として重宝できる。
「…何をそう泣くんだ、お前は」
ぽろぽろと大粒の涙を零す情けない泣きべそは、普段あまり感情らしい感情を見せない子どもにしては随分珍しかった。その癖何も言わないで、こっちの服の裾を握って離さない。もう片手には、所在無さそうな尊奈門がいて、ぐずる沙と雑渡を交互に見ながら口を開いた。
「キジを捕まえ損ねたんです。小頭に食べさせたいって言って追い掛けて」
「雉をか。お前も手伝ったのか」
「手伝おうとしたら、やめろと怒られました」
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