平和に行きましょう。

にんげん


 榴が思い出すのは幼少期、まだ地獄でなかった黄泉の頃に仲間たちとしゃれこうべで蹴鞠をしていた光景だ。あぁ、懐かしい。あの頃は遊んで学んで時々サボって、飯を食ってよく寝たものだ。
 その頃の無邪気な気持ちをふと思い出し、榴は跳躍してやや下方にある“それ”に向けて、全力で金棒を振りかぶった。

「磯野ぉ!!野球しようぜ、お前ボールなッ!!!!」

 めきょ、と榴のフルスイングした金棒が磯野もとい鬼の頬と顎を捉え、肉と骨を砕く音を響かせた。無論砕くだけでは意味が無い。例え見た目がなよなよしてきても榴は地獄の獄卒、しかも何千年も着々と勤め上げて鬼神となった正真正銘の鬼である。その怪力は例え超人化した鬼舞辻無惨の血を分けた鬼相手でも優に凌駕する。1秒前に磯野と命名された鬼の口元を一閃で貫通させ、ついでとばかりに捻じり切った頚が簡単に胴から離れた。
「地獄で獄卒に泣かされてきなぁ!!!」
 無駄に書類増やしやがって!葉鶏頭さんの残り僅かな頭髪が死滅したらどうしてくれる!!ピンポイントかつバチくそに失礼な心配をしながら榴は金棒を肩に乗せてフンスと鼻を鳴らした。磯野(仮)は顎ごと頚を潰されて泣き言すら言えずにボロボロと崩れて消え去っていった。


 背の高い女だ。耀哉や、隣に立つあまねよりも優に頭1つ分は抜きん出ている。顔立ちは柔らかく童女のように幼げで、そう、美人と称して差し支えない。
「初めまして。貴方が鬼灯殿の使者かな?」
「はい。地獄の閻魔大王の命により、貴方様との約定を果たす為現世へ馳せ参じました」




















 生前人間だったんなら、当然親がいたんだろ。宇随にそう聞かれた時、不思議と榴は「そういえば、そうか」と今更のように自分の身の上を思い出した。
 そりゃそうだ、あの鬼灯だってブラックホールのダークマターから産まれただの何だのと揶揄されるが、一応きちんと人間の腹から生まれたのだから、榴だけ木の股から産まれたってことはないはずだ。確かに鬼の生まれ方は千差万別、かなり色々あるけれど。
 親。つまり、母と父。自分にもいたはずのその顔を思い出そうとして、しかし記憶でなく連想するのは鬼となってから世話になった閻魔大王やその奥方、はたまた教え処の恩師の顔ばかりで、一向にそれらしき人間の顔が思い浮かばない。
「何だ、親の顔も忘れたのか?」
「5000年も経てば大概忘れますよ」



 不死川玄弥が身を寄せる岩柱の屋敷には、家主かつ師匠の悲鳴嶼の他に、あともう1人住んでいる。しかし、その人の立場が玄弥にはいまいち分からない。玄弥が来る前からそこそこ長くいるらしい割に、悲鳴嶼はその人のことを深くは紹介せず「榴火、弟子を取った」とお互い顔を合わせたくらいで……いやよく考えたらこれは紹介とは言わない。ただの丸投げだ。
 榴火も榴火で、連れこられた玄弥を見て「よろしくねぇ」と歓迎したが自分の立場は明確にしなかった。いや、強いて言うなら「鬼殺隊の協力者だよ」と言われたが、やはりそれは明確とは言い難いだろう。
 家事手伝いにしては中々遠慮がないし、奥方というにも距離がある。隠は……隠が柱の身の回りの一切合切を仕切るのだろうか。
「玄弥くん、おやつが出来たよぉ。汗拭って、手を洗って、先にお食べなさいねぇ」
「えっ!?あ、はい!」
 縁側から出てきた榴火の手には湯呑みと白玉の盛られた皿が乗った盆がある。玄弥は、立場が不明瞭なのもあるが、榴火の緩いようで妙に押しの強い笑顔が妙に苦手だった。しかし基本的には美味い物を食べさせてくれるので、修行に加えて育ち盛りの腹を持つ身として悪感情が湧く訳でもない。
「榴火さん、師匠は?」
「さぁ……八つ時だし、その内匂いに気付いてこっちに来るわぁ」
「榴火さんは師匠を一体何だと思ってるんですか」
「それより黒蜜と甘いきな粉、どっちがお好き?両方?」
「あ、両方で」
 

「私が子どもの頃って、ほんともう、親も居なければ住む家も無くて……同じみなしごの仲間と2人で暮らしてたわねぇ」
「榴火さんにも親が……」
「流行病で死んじゃってね。えぇと、そう、確か良い感じに川の近い山の洞穴とか見つけて、そこを広げてもう一人と暮らしてたのよ」
「はい?」
「毎日が死闘よぉ。川には何か大きくてやたら凶暴な魚がいるからそれを仕留めたり、自分たちで草を編んで籠を作ったり、道具や罠も手作りしたのよねぇ」
「なんて?」
「時々近所の偉ぶった悪ガキ達なんかと喧嘩して、二丈くらいの深さの落とし穴に油塗ってそこに叩き落としたり、投石器とか作ってボコボコにしたり……」
「どこの流派の何ていう修行ですか」
「日常生活を修行扱いされるの初めて」


 鬼は頑丈だ。いや、鬼舞辻産の鬼でなく、地獄の鬼の話だ。
 なんせ寿命は今の所天井知らず。老化もする個体もいるが、神代からいる古参の鬼でも全く老けない個体もいる。あとはシンプルに体が強い。日々亡者を呵責する獄卒は力士よりも剛腕で、人間なら簡単に死ぬ傷も鼻血程度で済む上治りも速い。ただの人間と比べれるまでもなく、鬼の方が強いのは当たり前なのだ。
 だから、そう、榴にとって鬼舞辻無惨も、その配下達も人間の括りだった。
「あぁおかしい。お前達なぞ夜な夜な父母を求めて醜く泣きわめく賽の河原の童共と何一つ変わらんわ」
 本物の鬼を前にして鬼を名乗るとは片腹痛い。何も成せず何者にもなれず、己が欲を満たすがために鬼舞辻無惨の血を受け入れた人間が鬼を名乗る資格などない。
 榴はこれでも怒っているのだ。

































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