平和に行きましょう。
天さん
この世には凡そ2種類の美しさがある。
普遍的な美と流行り廃りのある美だ。
前者は例えば宝石。いつの世も変わらぬ輝きを放つ貴金属や宝石は美しいと評価されるし、珍しい物であればより価値がある。
後者は、生き物を見れば分かりやすい。しばしばその一過性の熱に浮かされる欠点はあれど、突出した特徴にある種偏執の拘りが生まれる。それは時として傾国とも呼ばれ、宝石や不変の美をも超える熱を生み出し、良くも悪くも影響を広く及ぼす。
「流行りの美しさは後世の人間が見ると、不細工だったり微妙だったり……結構首を傾げるものであるのだが。さてはて、このようなモノでもいつかすれば美しい物として目に映るのだろうか」
雲居沙にはとんと理解できないが、しかし美醜の基準は移ろうものだ。今この足蹴にし、腰掛けている巨大な肉塊となった鬼も、いつの世か類まれなる美として崇められる日が来るのだろう。
「さてなぁ、穏やかに死になされ」
宝石に喩えられるのは飽きた。花と見紛われるのも。
死に間際の爺には菩薩だ天女だと拝まれて、物心ついた童にはお星様だお月様だと騒がれる。
生みの親共は、どちらにも似なかったらしい沙の顔を巡って見苦しく喧嘩の日々。しおらしく陰に隠れて怒声罵声に怯えていたのは五つまでの話で、六を超えてからは毎夜家を抜け出して月明かりの下で鞠をついて遊んでいた。今思えば大層な自殺行為だが、鬼も知らねば藤の香も知らない地域の人間故に咎められることはなかった。
8になる頃に、喧嘩から睦言に発展させていた両親がちゃっかり2人目を作っていた。そしてその子が両親の面影を持っていたから沙はお払い箱となり、速やかに女衒に買われることとなる。しかし女衒に連れられ花街まで歩く途中、人の形をした化け物に襲われた。それは鬼だったのだが、月の無い夜、明かりも消え失せた暗闇の中で辛うじて見えた影を子どもが理解するはずもない。ついさっきまで手を繋いで歩かされていた女衒の首が惨たらしい音を立てて転げ落ち、鉄臭い血を吹き出しながら倒れたのを見て、声すら出ずに吐き戻して沙はその場で失神した。
その後まぁ非常にあれやそれやがあったのだが、そんな過去はカマキリの生態並にどうでもよい話である。結果として沙は鬼殺隊の隊士に拾われ、またここでも非常に色々あって隊士を目指す為に育手の元で修行することとなった。
「途中面倒になってんじゃねえか」
「あははは。まあ、私は鬼憎しよりも女郎になりたくない一心でここに来た者です。そんなつまらない話など良いでしょう」
特別苛酷な修行を課している訳ではないのだが、沙が継子と選んだ隊士は皆沙の下から去っていく。5人の内3人は悪くて殉死、良くて再起不能。2人は、もう無理嫌だと泣いて師弟関係を解消してしまう。
周りに擁護されても継子に逃げられた事実は無くならない。とうとう6人目だった継子が去っていった時は、「後継すら育てられぬとは最早柱の資格無し。かくなる上はお館様に進言し降格処分させてもらう」と柱たちに零したら、次の柱合会議にて自己申告する前にお館様に滔々と説得され続けた。時間を割かせた申し訳なさと情けなさで死にたくなったが、しかし告げ口した奴に1発かますことを決意してその時は何とか持ち直した。
ちなみに悲鳴嶼が犯人だったので沙の拳の方が死んだ。
雲居沙
御歳25歳の美女。朱色の鮮やかで柔らかい癖っ毛を伸ばした美女。婚期はとうの昔に諦めているので柱仲間で数少ない女友達の甘露寺が眩しい。というか鬼殺隊以外の男は下手したら夫婦喧嘩した瞬間に色々終わるので無理
「天柱」。悲鳴嶼と同時期に柱になった今世代最古参。悲鳴嶼がお父さん枠なら雲居はお母さん枠。本人に自覚はないが、柱の中だけでなく隊内でも双璧のように扱われている。実際8年はお互い死なずに顔を合わせているので比較的仲良し
顔が良過ぎて親に捨てられたという斜め上を駆け上がった過去と、何処へ行っても面しか見られず挙句に草木やら星やら無機物ばかりに喩えられるのでそこそこ人間不信。同期はパタパタ死ぬし婚期逃すし顔しか見られないしで、ずっと死なずに生きてて目の見えない悲鳴嶼さんへの信頼度が天元突破している
明治の日本人として170cmという非常に恵まれた体格だが柱の中では中間ぐらいの細身に見えてしまう。更に集まる時は大体悲鳴嶼さんとペア扱いで隣にいる為余計に華奢で、後ろに控えるとすっぽり消える。沙は柱の自覚はあるものの「岩柱程の強さや指揮力もなく歳をとって生き延びただけの古参が隣に並び立つのは相応しくない」とわざと隠れようとしているが、毎度引きずり出されている
天柱の継子が長続きしないのは、一重に雲居の見る目の無さと、信頼と愛情の重さ故である。
なんせ、沙の拾ってくる隊士は皆何かしらの邪念ともいえる野心を抱いていたのだ。悲鳴嶼は自惚れでもなく事実として雲居沙に信頼されているし、兄のように慕われている。それ故に彼女は継子を毎度紹介してくるのだが、それがまぁ見事に全員碌でなしの雰囲気がした。悲鳴嶼が猜疑心に塗れることとなったかつての子供たちと似たその隊士達に嫌悪感さえ抱いた。
「雲居、考え直せ。あれよりお前の継子に相応しい者はいる」
「ならば、必ずや私が叩き直してみせます」
「なんと…」
善性の塊のような返事に涙を流したが、しかし沙の宣言は半年も経たずに破却されることになった。最初の継子が師弟関係の破棄を求め、自ら沙の元から去ったのだ。沙は何故だと嘆いたが、悲鳴嶼には何となくその理由のアタリは付けられた。
きっと徹底的に管理したのだ。食事も、鍛錬も、睡眠も、生活の何もかも「己の継子に相応しい人間」として育てる為に。全てを奪って全てを与え、鬼殺隊の柱にするべく徹底的に合理的に無駄を削ぎ落として。好き勝手させる暇もなく余裕も与えず、そして丁寧に悪気なく碌でなしの心をゆっくり確実に折ったのだろう。だからそいつは泣いて師弟関係の破棄を求めたのだ。己の醜さを見せ付けられ、天柱との悪意なき呵責とも言える生活に耐えきれず、師と周囲からの重圧から這う這うの体で。
沙はその後も継子を見つけたが、どいつもこいつも皆碌でなし。2人目は沙の指示を聞かず、功を得ようとこっそり突撃して死亡した。3人目も似たようなことをしたが、隊士として再起不能になる程度で済んだ。4人目はそこそこ長く続いたが、最後はやっぱり逃げ去った。5人目は、悲鳴嶼が始末した。そいつは鬼殺隊を裏切り、天柱の首を鬼に捧げると密約を交わして沙を嵌めようとしたのだ。継子となったのは計画の1つで、寝首を掻こうとしたらしい。結果的に継子の背後にいた黒幕の鬼共々首を斬って殺した。沙には殉死したと伝えた。
その頃からもう沙は己の指導力の無さと人望の無さを嘆き、悲鳴嶼の修行に乱入してきた。しかし一応生きて沙の元から逃げた1番目と4番目は、あれから人が変わったような働きぶりで貢献しているので当初の「性根を叩き直す」は成功しているので、事実は事実として言っておいた。
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