平和に行きましょう。

天さん2


「甘露寺ちゃんの言う通りよ。弱い者イジメはその位にして、お館様をお待ちなさいな」
 艶のある低い声がピシャリとその場を叩いた。語気は粗くなく、むしろ柔らかい。だのにその場にいた殆どが、一瞬その声に意識を取られ動きを止めた。
 その一瞬で、炭治郎は地面から柔らかな身体に抱き抱えられていた。拘束する縄はそのままだが、労わるような、赤子を抱くようなそれは地面に叩きつけられていたよりは幾らかマシだ。
「……どういうつもりですかァ、雲居さん」
「人間なんてその辺からぽこぽこ採れるようなもんじゃないんだから、あんまりやりすぎたら死んじゃうわ」
「じゃあこの身代わりみたいに置かれた彼は何なんでしょう?」
「そこにいたから、ちょっと代わりに置いてみちゃった」



「ごめんねぇ。自分だけだと飲み切れないのに、つい溜め込んじゃって」
「いえ、いつもありがとうございます」
「こっちは京都の宇治と城陽。あぁ、それと少ないけど、八女のもあるから飲んで頂戴」
「ありがたいですけど、雲居さんは良いんですか?」
「今は継子もいないから、お茶を飲む相手もいなくてね。つまらないから飲まずに置いちゃって、勿体ないから良いのよ」



「雲居さん!!善逸と伊之助と宇随さんの4人で楽器を演奏することになりました!!」
「全く意味が分からないし嫌な予感がするわねぇ」
「音楽はお嫌いですか?」
「胡弓と尺八は好きだけれど、強いて言えば君たち3人と宇随くんの組み合わせが不穏よ」
「そんなぁ……。善逸が考えた歌で皆頑張って練習したんです、少しでも良いので聞いてもらえませんか」
「……………………はぁ。じゃあ他の人達も呼んでちょっとした催し物みたいにしましょう。それでもいいかしら?」
「はいっ!ありがとうございます!!」

「宇随くん何か言い残すことはありますか」
「待ってくれ雲居さん」
「なるほど分かりました奥方達にお伝えしますね直ちに処します」
「マジかよ薙刀持ち出すのかよ!!!!待て待て待て俺だけなのはおかしくねぇか!!!ヤバい雲居さんが怒ってるの初めてだから対処が分かんねぇ!」
「3人を監督しながらあのような不穏な音楽を世に生み出した貴方をまず処してから楽器を葬り去ります」
「やめろ!!」

「雲居さんって悲鳴嶼さんの南無と同じ頻度で処すって言いますよね」
「あの人は風柱並の殺意と岩柱並の慈悲で出来てるからな」
「それって控え目に人格破綻してない?」



 悲鳴嶼も悲鳴嶼で人類の枠から盛大にはみ出た人間だが、雲居も雲居で方向性は違えどやはり人類から逸脱した人間だと、しのぶは思う。
 天柱の雲居沙。同じ女の身でありながら、鬼の頸を落とすことの出来る人。長い手足を持て余すことなく、むしろ薙刀という形で最大限に引き出して戦っている。きっとしのぶが同じく薙刀を手にしたとして、やはり結果を同じにさせることは無理だろう。いや、まぁ、それは良いにしても。
「時々あの人達、本当に人間なのか確認したくなるんですよねぇ」
「悲鳴嶼さんと組手してずっと膠着状態って派手に頭おかしいな」
「背負い投げして巴投げされるのか!!なるほど分からん!!!」
「あれでどちらも怪我一つしていないとか頭おかしいんじゃないか」
「キャーーーーーーーーーーー!!!!すごい!!!」
 悲鳴嶼がぶん投げた端から、叩き付けられる瞬間に脚で着地しそこから反撃する雲居。明らかに人間がしていい動きではないし、攻守の切り替えが速すぎて意味がわからない。腕ひしぎキメられたのに雲居ごと持ち上げてぶん回すわ、宙で体勢を変えて悲鳴嶼の首を狙いに来る手刀だわで空気がブォンブォン嘶いている。よくよく見れば延々事細かに技を仕掛ける雲居と、それを純然な力技で破るか類稀な危機察知能力で避ける悲鳴嶼の構図なのだが、パッと見が怪獣大戦争みたいだなぁとしのぶは理解を諦めた。
 柱なら2人が永遠に続くような組手をしているのが視認出来るが、恐らく下級隊士にはそもそも何が起きてるのか、誰が誰と何をしてどうなっているのかも理解できないのだろう。むしろこれ見せて少しでも理解出来た隊士いたらその人才能ありって事で有能な人間を炙り出し出来るんじゃないでしょうか。そこまで考えて現実逃避から目が覚めた。
「疲れたし飽きた」
「収拾がつかない」
 肩に腰を下ろして頭に凭れ掛かる雲居と、好きにさせて南無南無する悲鳴嶼がそれぞれ言った。どちらも土埃や細かな擦り傷はあるのに痕になるような打撲や出血がなく、何なら疲労で段々面倒臭くなってお互い手を止めたらしい。
「全く組手には見えなかったが、勝敗は必要じゃないのか」
 富岡の言葉に「お前余計なことを」と周りが鼻白む。普段足りないのに何故そういう余計なことを付け加えるのだ。それを聞いた雲居が、悲鳴嶼から地面に降りつつ「それもそうねぇ」とやや困ったように見上げた。悲鳴嶼も雲居へ顔を向ける。
「じゃんけん」
「ぽん」
「あいこで」
「しょ」
「悲鳴嶼さんがぐーで私がちょき。なので悲鳴嶼さんの勝ちということで終わります」
「南無」



 普通に生きる事も考えたが、しかしそうするには些か強くなり過ぎた気がするのだ。
「この間口から衝撃波を出す鬼がいたのよ。それを聞いたら体が麻痺して動けなくなるって分かって、ならこっちも受けて立ってやろうって思っちゃってねぇ」
「その時点で訳が分からないですねぇ」
「こう、呼吸使って一点集中して、ハッ!って大声出したらね、鬼の声打ち消しちゃって。少しマシになればって思ってやったのに、むしろ周りにいた隊士達の耳まで潰しちゃったなんて……」
「彼らは鼓膜が破れたので2ヶ月は安静です。そしてそんな声を出した雲居さんの喉も腫れているので二度とやってはいけませんよ」



 近頃、胸がキツイ。起床し、寝巻きから隊服へ支度する時にその違和感が如実に感じられる。
「む、ぐ……うぅ……ボタンがキツイ…」
 胸元のボタンを留める時、かなりギチギチになっているのだ。晒しを巻いて胸を締めると以前の通り納まるが、やはり体を圧迫しているので中々苦しい。それに汗でかぶれて痒くなるのが嫌だ。
 蝶屋敷で体を測ってもらい、隠に新しく作ってもらうのも考えたが、しかしほんの数ヶ月前に新しくしたばかりだった。ただでさえ忙しく事細かな仕事をする彼らに素面で「胸がキツイから新しいのを用立ててほしい」とはとてもではないが言える気がしない。というか袴っぽくしてほしいと注文を付けたら、袴の投げと呼ばれる部分を意識したような穴を開けたズボンを渡された経緯から、真っ正直に言うと甘露寺の二の舞になりそうな予感さえある。ちなみにそのズボンは実際使うと悪くないので文句は飲み込んだ。
「……えぇ、えぇ。そうよね、胸が苦しい位どうってことありません。我慢よ、沙」
 数刻後、その我慢を大いに後悔することになる。

 ここしばらく、時々会う沙の様子がおかしいのは何となく気付いていた。普段ならコロコロとよく笑う朗らかな女が、不機嫌そうに息を吐くことが多くなれば否応なしに気付くだろう。
 肺を悪くしたのか、体にガタが来始めているのか。いくら最年長の悲鳴嶼より年下とはいえ既に25歳、甘露寺のように常人の捌倍筋肉がある訳ではない普通の体だ。段々体が壊れても不思議とは思うまい。だが、何となくそうではないのだろう、と思った。
「雲居、そう息ばかり吐いてどうした」
「……バレましたか」
 むしろそれでよくバレないと思ったな、とは口にはしなかった。しなかったが、恐らく顔には現れたのだろう。
「ごめんなさい、気にしていただいたのに。ただ、理由があまりにも個人的で、口にするのが恥ずかしかったんですよ」
「恥ずかしい」
 いくら柱同士そこそこ良好な関係といえど、そう簡単に懐に出入り出来る程気安いかというとかなり難しい。組み合わせによっては2人きりにした瞬間殺し合う可能性があったり、逆に微笑ましいくらい穏やかな関係を築いたり、落差が激し過ぎた。雲居は滅多に誰かを悪く言うこともない朗らかさから大体全員と程々の距離で程々に上手くやっているから、尚のこと躊躇った。
 愛想の良い者なら無愛想な者へ踏み込めるかもしれないが、逆説、無愛想な部類の悲鳴嶼が愛想の良い雲居をして「恥ずかしい」と言う柔らかな部分へ踏み込めるかというと、そんなわけが無い。



 あなたがほしいとは言いません。あなたの子どもがほしいとも言いません。
 何も残さないでください。何も与えないでください。形に残る物を渡されたら、私はあなたのいないこの世をそれに縋って生きなければならなくなる。
「だから、あなたと黄泉路を歩むことをお許しになって下さい」
 共に生きたい、と言うには遅過ぎた。
 25という区切りを互いに超えた今、最早どちらにも未来は無い。無くていいと断じた。きっと二人しておっ死ぬのだ。どちらが早いか遅いかなんて大した事でない。
「」











prev next
Back to main nobel