平和に行きましょう。
冬季子
黒黒として艶による光を帯びた髪が、目の前で肩から背へと滑り落ちる。音もなく、流水のような滑らかな髪を耳にかける仕草をしながら、切れ長の瞳が獪岳を見た。
「こんにちは」
赤くぽってりとした唇が、かすかに笑む。歳は変わらないように見えるのに、やけに大人びて見える。
冬季子は籠の中の鳥となるべくして生まれたような女だった。
とにかく、力がない。体質的にいくら食べても肉が付きにくいらしく、また食が細いから殊更体も細い。病気がちではないが弱々しいには違いなく、先生を侮辱する意図はないにせよ、冬季子の祖父母はよくこの家に預けようと考えたなと思うくらいには場違いなお嬢様だ。
「そりゃあ、だって、私今狙われてるのだもの」
桃のなる木の下で、案外簡単に冬季子が言った。木登りも出来ない冬季子の代わりに獪岳が捥いで、下で籠代わりに広げられた着物の裾へ落とす。3つも取れば十分だ。
「狙われてるって何だよ」
「ここに来る前に、父と母が殺されたの」
結構な大事件を、あっけらかんと話しながら視線は手元の桃にある。獪岳が皮ごとかぶりつきながら皮を吐き出している横で、やたらと指先で桃をこねくり回している。そのうち、くぼみの所から割くようにすると、皮だけがつるりと剥けていく。
力がない代わりに、そうした妙に小器用な知恵がある女だった。真似をしようとすると、上手く行かずにぐちゃぐちゃになってしまう。
「きっと犯人はおじ様よ。父と母を殺して、あと最後に私さえ死ねばおじい様たちのお金はみぃんなおじ様にいくから」
「ひでぇ家だな。金があってもお前ん家は嫌だ」
「おじ様だけよ、頭の出来が酷いのは」
そして悪辣であった。くすくすと小鳥のような声を出す割に、冬季子の性根は中々に悪ガキに近かった。
「そういうことだから、ここに預けられたの」
「そういやお前、先生と俺が稽古してる間何してるんだよ」
「家事に決まってるじゃない。家の中の掃除と、お洗濯と、繕い物」
「あぁ、時々直した覚えもねぇのに直ってたのはお前か。ふぅん、お飾りのお人形かと思ってた」
「おばあ様に教わったの」
「金持ちなら覚える必要ないんじゃないのかよ」
「結婚したら、多分必要ないわ。でも、それまでは役に立っているからいいのよ」
「あっそ」
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