平和に行きましょう。

山桜桃さん3


「…………」
「すまん、手が滑った」
 人の生首すっ飛ばしておいてすまんもクソも無いのだが、しかし自分でも呆気なく思えるほどの手馴れた刀捌きだった。まるで、もう何年も何十年も「そう」してきたような。
「記憶は失っても呼吸と剣術は身に染みている、ということか……」
「待て、1人で納得して完結するな。俺にも分かるように説明してくれ」
「ひとまず藤の家に戻ろう。そこでお前に説明し、夜が明けてからお館様としのぶに鎹烏を送る」
 山桜桃の前にいる大男は涙を流しながらそう纏めた。聞き覚えのない単語ばかり並べ立てられて混乱の極みであるが、説明する気はあるらしい。だがなぜ泣く。
 すっかり毒気を抜かれていると、大男は踵を返して歩き始めた。斬殺してしまった死体はどうするんだ、と足元を見ると、確かに斬った筈のそれは既に無い。ただ死体が着ていたと思わしき着物がひゅるりと風に吹かれて飛んでいき、闇夜に紛れた黒子がそれを回収してまたどこかに消えていった。
「……何がどうなってるんだ」
 どうやら、妙なことに巻き込まれたらしい。


 藤の家紋を掲げた民家に身を寄せた後、大男は悲鳴嶼行冥と名乗った。「ひめ…じま…?」と反芻した山桜桃の声に南無と返した後、悲鳴嶼は漢字を指でなぞらえて教えた。
「可愛い響きの割に厳つい形だな」
「お前には負けると思うが」
「違いない」
 桜と桃かと見せかけて実際は梅という、実にややこしい名前である。
 飯と湯浴みを済ませて顔を突っつき合わせながら、悲鳴嶼は山桜桃に約束通り「説明」を始めた。しかしながらなんというか、そもそも知っていることを前提としている単語ばかりを使われている為、状況は朧気に分かっても詳細がちっとも分からない。なんだ呼吸って。普通に息吸って吐く以外を指してるのは分かってもなんのこっちゃか理解が及ばない。
「悲鳴嶼、お前さては教えることが苦手だな」
「出会い初めのお前にも言われたな……」
 ツゥ……と泣き始める悲鳴嶼の顔を拭ってやりながら結局山桜桃は困惑する他なかった。
「じゃあ、俺のことを教えてくれ。記憶を無くす前の俺と今の俺、何が違う?」
「……一人称からしてまず違う。普段は自らをアタシと呼んで、軽薄な話し方をした」
「そうか」
「今のお前は、素の状態なのだろう。酒を飲み交わす時や寝起きの様と今のお前はよく似ている」
「個人的な時間を共に過ごすくらい仲が良いと」
「不快か」
「いや、納得した。俺はそこそこ猜疑心が強いつもりだが、お前の言葉なら信頼出来ると何故か思っていた。俺が心許した相手なら道理だろう」
「南無」
「やめろ泣くな、手拭いが絞れる」

「君が胡蝶しのぶか。今日からよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。本当に記憶を無くされたんですねぇ」
「今の一言でしみじみ実感されるのか」
「私は、女性らしくしていない桑島さんを初めて見ました。化粧もしていませんし、話し方も男の人らしくて相手をしているこっちの調子が狂いそうです」
「あぁ、邸にあった化粧道具は俺のか。あんまり量があるから女でも囲っていたのかと」
「あら、ご自分の物なのに既視感は無かったのですか?」
「手に取れば体が覚えている、刀はそうだった。しかし見ただけでは、いまいち実感が湧かない。自分の邸だと言われても他人の家にいる感覚がしてやけに落ち着かないから、ここに来るまでは悲鳴嶼の家にいた」
「では、ここは落ち着きますか」
「多分苦手だが、嫌いではない…と思う」
「まぁ、病院が好きって人はあんまりいないでしょうけれど」
「違いない」



























prev next
Back to main nobel