平和に行きましょう。

花嫁


 カプの花嫁。
 歌を口ずさみながらポケモンと生きていたとある子どもがウラウラ島の守り神に攫われ、神託とカプ・ブルルの蹄の痣を託され戻ってきて以来、周囲の人間にそう呼ばれるようになったという。
「あの子の役目として年に一度の島のお祭りで、カプへ奉納舞や歌を捧げてもらうけど、島巡りの試練に携わったりはしないのよ」
「しかし何がカプ・ブルルの機微に触れるか分かりませんでな、滅多にウラウラ島から出すことが出来んのです。それは、あまりにも不憫というもの」




 じっとりと重たいくらいの湿気を纏う中でも、プラチナブロンドの長髪はかえって瑞々しい位の艶を保っている。傷みとは無縁で、恐らくは完全に地毛なのだろうと分かる毛並みは、きっと触れれば心地よいのだろう。
 振り返ると同時に絹糸のような髪が波打ち、切れ長の双眸が柔らかく細められる。珊瑚色の濡れた唇は、考えるようにややすぼめられていた。
「クチナシさん」
「よう」
 まるで今思い出したかのような呼びかけに、短い言葉で応じる。鮮やかな黄金色をした瞳は、一瞬交差したかと思った瞬間に逸らされた。
「踊りの練習か。熱心だね」
「歌よりは、その…あまり自信がないので。たまに枝に衣装引っ掛けて汚しちゃうし」
「…それは練習場所が悪いんじゃないの?」
 少なくとも、踊り子衣装を舞わせるには森はやや手狭に感じられる。人の目を気にしすぎるきらいがあるこの少女からすれば、砂浜や町のどこか1室を借りて練習するのは気が引けるのだろう。
 クチナシの尤もな指摘だが、やはりサラはあまり乗り気ではない。
「んん…まぁ、別にお前さんが良いなら無理にとは言わねぇよ。程々に力抜いて頑張りな」
「クチナシさんも、お仕事がんばってください」
 ぼそぼそとした呟きは、どちらかと言えば「しっかりして下さい」という咎めにも聞こえたが、年若い女の子はおじさん相手に興味を失ったのか、そっぽを向いて再び踊りの練習をし始めた。歌より自信がない割に、一つ一つの動きはやけに洗練され、女の子には似つかわしい武術のような力強さが篭っている。一瞬、何か表現に困る一瞬の既視感を覚えたが、何と何が重なって見えたのか、それさえも分からなかったので結局放棄した。
 そして、今度こそクチナシもその場から去ることにした。やや人見知りの気性で、ぽっと出の流れ者が傍に居ては、確かに休まる気も休まらないだろう。それ以前に、嫌われているのだろうが。



「っこの、わからず屋!!私なんかよりずっと自由なクセに、くだらないって言ってるクセに、ずっとずっと拘ってるのは貴方の方じゃない!」
「好き勝手言ってくれるじゃねぇかっ…!」
「えぇ!えぇ言うわよ!!ずっと言われっぱなしだったのだから、今言うのよ!カプに攫われてから、大好きだったメレメレ島どころか外にも行けなくなった!やりたい事を言っても、ずっと周りから止められて許されなかった!逃げようとしても、逃げられない!カプにさえ選ばれてなかったら、お父さん達とずっと一緒にいられたのに、結局置いていかれたのよ!」
 腕に巻かれていた包帯を我武者羅に、引き千切るように無理やり解いた下には、白磁の肌には似つかわしくない蹄の形をした痣があった。その痣を中心に、その近くにだけ引き攣れた濃い傷跡が幾つも幾つも重なっていた。恐らく、ずっと引っ掻いていたのだろう。忌々しい鎖を叩き割ろうとするように、ひたすら花嫁の証へ、容赦なく爪を立てては皮膚を抉っていたのだ。
「ご両親も、仲間だって、ポケモンだってたくさん好かれてるのに、ずっと壊すことしか考えてないわからず屋のグズマのバカ!」



















サラ
19歳。アローラ地方ウラウラ島出身
手持ち:ヤミラミ ゲンガー

カプ・ブルルに選ばれた娘。幼少期、まだ10にもならなかった頃にカプ・ブルルに神隠し同然に攫われたことから島民から島キング同様特別な人間として扱われるようになってしまった。祭りで披露する為の舞と歌を得意とするが、普段はやや鈍臭い
常に微笑み、丁寧な対応を崩さず表面上の柔らかさを作っているが、素は人見知りでその癖やや気性が荒く、歌とポケモンを大切にしている。素顔を知るのは身近にいる人間のみで、島民や観光客相手には完璧な猫を被っている
両親とは離れて暮らしており、家族関係が希薄。

普段は遺跡の管理と称して掃除をしている他、伝統的な島の奉納舞や歌を観光客向けに見せるボランティアや観光案内をしており、最近はマスコットに近い認識をされている。また1人でいる時、たまにカプ・ブルルが現れては一緒に過ごしている
基本的にウラウラ島から出ることはできないが、年頃の少女らしく買い物や観光を好んでいる




「…………」
「…………。……………」
「…………。……………。……………私が、どれだけ焦がれても手に入らない物を、容易く手に入れるあの人達が恨めしいの」

「私は不幸なんかじゃないわ。アセロラちゃんや子どもたちと知り合えたし、クチナシさんのことが大好きになった。大切なものが増えていくのに、それが幸せじゃないって決めつけるなんて、酷いのね」
「まぁ、確かにたまに惨めになるけれど、些細なことよ」
「だって、父と母はカプ・ブルルに選ばれたってだけで私を手放したんだもの。守り神の機嫌と娘、天秤に掛けたら傾くのは当然よね。だから、私は不幸っていうより、単に運が足りなかったのよ」

「スカスカさん、貴方個性的で、私は結構好きよ。そうね…グズマよりずっと」







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