平和に行きましょう。

やべぇ


 様子がおかしいと気付いたのはいつ頃だったか。
 連絡を取り合う中で、いつの間にか同じ家に住み始めていたのは知っていた。方向音痴のダンデが仕事の為に各地を回るサポートしてくれる者として、身内でありトーナメント戦を準決勝まで勝ち進んだ実力者のカタクリに頼んだのは分かる。それが災いして段々、なし崩し的にプライベートまで混ざりこんでいったのだろうとも想像はできた。
 キバナもメルとそんな風に同棲出来ればいいのにと思っても、まだ法的に未成年であるメルとの同棲は倫理的にアウトであるしお互いの立場として難しいだろう。カタクリの母親を直接説得して「あの子が役に立つなら」と堂々と許可を貰ったダンデの立場は端的に言ってズルい。ほぼガラル地方トップの社会的地位とご近所さんという圧倒的信頼から為せる力技である。
 しかしそう、その圧倒的信頼を寄せられる男と、その傍にいるようになったカタクリの様子がおかしい。
「んー、おかしいとは思うよ。2人ともずっと仲良かったけど腰に手を回したりしなかったし、カタクリもあんな困った顔はしなかったよ」
「だよなぁ…」
 タピオカをストローで啜るメルも頷く。
「春が来た、って喜んでる場合じゃなさそうだな」
「少なくともカタクリには来てないねえ」
「やめて差しあげてくれ」


 するりとごく自然に、それが当たり前であるといった動きで腰に手が回る。人前で動揺せずに無表情を貫きながら、カタクリは内心冷や汗が止まらず「どうしよう」とぐるぐる悩んでいた。
「ダンデさん、あの」
「どうした?」
 見上げれば目が合う。いつも通りの、今まで通りの快活とした人の目だ。邪さはないし、むしろ子どものようにイキイキとしている。
「気分が悪そうだけど、大丈夫か?」
「え、あの…その、大丈夫です。そうじゃなくて…」
「いいや、顔が白い。知らずに無理させて悪かったな、一旦休憩室に戻ろう」
 言い終える前にダンデは歩いていた道を戻っていく。無論腰に手を回されているカタクリもそれについていかざるを得ないが、周りから見れば気分の悪いパートナーを気遣っている優しい元チャンピオンだ。実際本当に優しいのだが、カタクリは未だ違和感と冷や汗が滲みでてしまう。
 自意識過剰と言ってしまえばそれまでだ。男慣れしていない自覚のあるカタクリはこの手の接触に耐性がない。
 結局戻ってきた休憩室のソファーに寝かされ、水まで用意された。
「オレが戻ってくるまで横になってるといい。ニャース、カタクリの気分が今より酷くなったらすぐオレを呼ぶんだぞ」
「…すみません、ありがとうございます」




 正装したダンデが、幾分若い少女であるカタクリの腰を抱いて親密に撮った自撮りはSNSでかなり話題になっている。
 ガラルで最も人気と実力のあるトレーナーとされる男と、初挑戦でトーナメント戦で準決勝まで上り詰めた新進気鋭のモデルが揃って仲良くしている写真は双方のファンからそれなりのヘイトと邪推諸々を呼んだが、その後も2人のアカウントから「家が隣」「家族揃ってBBQいえい」挙句に「昔のアルバム!カタクリが小さいぞ!」「髭がねぇダンデ激レア」などと家族並みの付き合いが昔からあると分かると和みのリプライが増えるようになった。




 どうしてこうなった。
 マクロコスモス系列の化粧品会社で広告担当を任されていた女は、緊張と圧力の両方で震えていた。
 今日は、以前起用したモデルとしては無名のトレーナーカタクリの新しい仕事の打ち合わせであったはずで、大当たりしたCMから更に規模の大きいものへと打診するつもりであった。
「今日はご無理を言って申し訳ありません!」
「いえいえいえいえいえそんな、チャンピオンのダンデさんが来られるのにそんなえっと」
「元が付きますがね。それに、彼女がこういったメディア露出に不安を覚えていたから、大人として付き添いにきただけです」
 目の前に座るのはその大当たりしたカタクリと、何故かガラル人気NO.1のダンデだ。チャンピオンが子どもの頃から親交があるとはSNSで知っていたが、保護者のように付き添って来るとは想像もしていなかった。聞いてないですよ、とカタクリへアイコンタクトを送ると「私もいきなり行くって言われてマジで着いてきたんですこわい」と冷や汗を垂らした顔で首を振っていた。まだ会って4回目だが意思疎通はズッ友レベルである。笑顔なのに顔が怖い気がする元チャンプの前で女とカタクリは結託していた。
「で、では、気を取り直して仕事の話をさせて頂きますね。以前カタクリさんが担当して下さった化粧品広告がヒットしたので、こちらとして続けて出演してほしいんです」
「え、えぇっとはい!頑張ります!」
「その継続して出演する件についてなんですが」
 かんべんして、とカタクリの顔が震えるバチュルのようになった。良くも悪くも場の空気を掻っ攫ったダンデが秘蔵っ子を自慢するように肩を抱いた。
「まだモデル業界で右も左も分からないこの子を事務所に入れてやった方が、御社やカタクリの為になると思います」
「と、いうと」
「実は…その、昨日付けでジムリーダーのルリナさんと同じ事務所に所属することになりました」





















 テレビに出すような真似はさせたくなかったのに、と思えど既に遅い。
 本当ならダンデはテレビ中継されるジムチャレンジにもカタクリを出させたくなかった。それがメルやホップ達に推薦状を渡すことになって、いつでも3人一緒の中彼女1人だけ渡さないというのはあまりにも酷だった。何ならそれもフォロー出来たが、子ども達を丸め込めてもソニアや他の人に怒られ疑問に思われるのは目に見えている。
 結果的にカタクリの実力がダンデの喉元にまで迫るものだったのは、震える程嬉しい中で残念でもあった。あの子がエンジンシティの関門であるカブ相手で終わってくれる程度であればあれ以上目立つこともなかっただろうに。そして思ったより有名になり過ぎて、カタクリがモデルとしてCMにまで出演してしまうのは完全に予想外だった。
「カタクリ?」
「……ぐぅ…」
 いつの間にかダンデの腕の中で眠っているカタクリは、時々少年のようでもあるが女の子らしく柔らかく可愛らしい。警戒心が全くない、シャツに短パンなんてラフで露出の多い格好のままひっついてくれるこの生き物を、どうして自分以外の目に晒したいと思えるか。
 バトルタワーで時々戦うのは良い。ダンデが密かにペアとして発注したドレスを着て、謎めいたトレーナーとして現れる。そうすればカタクリも目立たず楽しめるし、挑戦者達もあれは誰だと野次馬根性を見せてバトルタワーを拡散してくれると期待していた。実際目論見は半分以上達成されたが、カタクリがバレるのは一瞬だった。その上化粧品メーカーに目をつけられてCM出演だ。
 オレのものなのに、と思う度そんな訳では無いと否定する。












































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