平和に行きましょう。

ぐそくむしゃ


 目を引いたのは、ハウオリビーチに立つ立派なグソクムシャだった。
 白い巨躯は歴戦を感じさせる細かで薄い傷をつけているが、かなりの場数を踏んできた証拠だ。黒い爪は程よく手入れされ、節々も健康的で随分と可愛がられていると分かる。明らかに野生ではなく、トレーナーのいるグソクムシャだった。
「…すげぇな、お前。めちゃくちゃ強そうじゃねえか」
 見知らぬ人間であるグズマが近付いても、そのグソクムシャはゆっくりと顔を見るだけで逃げる様子は見せない。人馴れしているが、あからさまな警戒を見せないだけで、目の前の人間を見定めているのが分かる。
 グズマもグソクムシャを出してみたいが、この美しいとさえ思える個体を怒らせる真似は流石にやめておいた。トレーナー付きだと分かっているポケモンと諍いを起こしたとなれば、ハラにどれほどどやされるかわかったものでは無い。
「私のグソクムシャがどうかされましたか?」
「うぉっ…!?」
 いっそ惚れ惚れとしながら眺めていた背後から不意打ちに声を掛けられ、飛び出しかけた声を飲み込む。
 後ろにいつの間にかいたのは女だった。髪は短く、サングラスを掛けて表情が読めない上に性別も分かりにくいが、声は高い。着ている服は地元民から見るとかなり浮いているので、大方観光客だろう。少なくとも地元民はヒールで砂浜を歩く発想はしない。実際途中で気付いたのか、靴を手に持っていた。
「………こいつ、アンタの?」
「えぇ」
「どこから来たグソクムシャなんだよ」
「ガラルです……ここと比べたら寒い地方ですね」

「お前観光で来たのか?」
「観光……っていえば、まぁ」
「歯切れワリィな。どっちなんだよ」
「連れの仕事の付き添いで来たんですよ。その人すごい方向音痴だから案内するけど、ホテルに連れ帰るまでの時間は自由って言われるんです」
「…んだよそれ。だからブラブラほっつき歩いてたのか」
「ガラルにいても仕事だらけなので、私は割と助かるんですけどね」
「つーか働いてんのか、そのちっこいナリで?」
「失礼な人ですね。まぁまだ未熟者ですけど。そういうグズマさんは?」
「…師匠んところで鍛えて修行中」
「弟子入りですか。いいですね」


「そういや、今リーグにガラルから何か招致して盛り上げるってククイがなんか言ってたな…。ガラルってお前の所のだろ」
「えぇ。先代チャンピオンしかも無敗の王者。負けちゃったけど今でもすげー人気者ですよ。なんせ10歳で優勝、そこから10年間無敗記録を伸ばし続けた生ける伝説でガラル全トレーナーの憧れ。そういやここの初代チャンピオンもまだ10歳そこらですっけ」
「ちんちくりんのクソガキだよ…」
「ははは、私怨が篭ってますね」





 カタクリ、とあげかけた声は音にならず口の中に溶けた。
 グソクムシャも連れていないカタクリは、朝見かける観光客らしいラフな格好でもなくドレスのようなスーツを着込み、別人のように背筋を伸ばして男と歩いていた。髪の長い男もアローラではバカのように暑そうな正装を涼しい顔で着こなし、ごく自然と、それが当然だとカタクリの腰に手を回してエスコートしている。
 元々仕事で来ていると言っていたのだから、あれがカタクリの仕事姿なのだろう。隣の男が連れと言っていた人間なのか、それとも別の誰かなのかはさしてどうでもよかった。親しげに会話しながら、楽しそうに歩いていく後ろ姿を見て裏切りに近い感情を持ったのはグズマ本人にとっても意外で、思ったよりもグソクムシャを連れて話の合う女を気に入っていたらしい。


 

「……そうですか、見ていましたか」
 仕方なさそうにカタクリは立ち上がった。薄いヴェールに包まれた体が煙のようにゆらりと動き、風に吹かれて攫われてしまいそうだった。
「申し遅れました。私はカタクリ、ガラルのバトルツリー支配人を務めるダンデの秘書でございます」
「今更ふざけた名乗り上げすんじゃねえよ。隠すようなマネされたのがうざってぇんだよ!」
「すみませんね。本当は帰るまでずっと観光客のカタクリでいたかったんです。まるで昔に戻ったみたいな…」


「私はあの人の隣に立ち続けると決めてるんです。ダンデさんと一緒に歩んで、あの人の夢もガラルの未来も全部見たい」







「支配人…。なんかエロくないか。キバナ」
「突然どうした、ダンデよ」
「カタクリが仕事中オレのことを支配人呼びしていてな。いつも通り名前で良いって言ってるのにケジメだ公私混同だと注意されたからそうしているんだが」
「お堅いけど分からんでもない。え、で何?お前もしかしてカタクリのそれでコーフンしてんのか?」
「そこまでは行かないが…」
「が?」


























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