平和に行きましょう。

あこがれ


 エリスにとってダンデは憧れのお兄さんだ。ホップの憧憬や目指すべき頂点といった位置ではなく、個人として「あぁ、こんな人になりたい」と思う目標。
 男らしく鍛えられた全身に高身長は言うまでもなく格好良いし、チャンピオンで培った尊大なくらいの自信と絶対的な、しかし自惚れではない安定したメンタルは正しくエリスの理想的な男性像である。身長に恵まれず、顔も体付きも女の子のようだと評されるエリスは、今でこそモデルとして仕事をする上でとても良い強みになっていると自負しているが、自分はダンデのようにはなれないと諦めていた。
 だからか、男の端くれとして完璧な男性を体現するようなダンデは昔から、いつだってエリスの憧れだった。
 きっとこれからもずっと憧れるに違いない。15歳のエリスは無垢にもそう信じていた。

「よーう、最近大変だな」
「知ってるんなら助けてください、キバナさん…!」
「未来の義兄弟を助けてやりたいのは山々なんだけどなぁ…。いやーあの顔見たらオレさまも逃げるね」
「薄情者おおおおおおお」
 とうとう泣き出した少年がベンチに蹲っているのを見ながら、こりゃあ時間の問題だなとキバナは頬をかいた。
 ナックルシティで行われたエキシビションマッチで、新進気鋭のモデルでセミファイナルにまで登ったトレーナーであるエリスと組んでバトルしたのはつい30分前の出来事だ。チャンピオンカップやセミファイナルで身を削りあったガチバトルというよりは、観客やカメラを意識した見栄えと雰囲気重視の試合だったのだが、元々2人で仕組んだことなのでそれなりにお互いのファン向けで良い結果になったと健闘を称えあっていた。とはいえ勝ち負け自体はエリスがかなり抜け目無く狙いに来ていた為、キバナは時々冷や汗をかく展開になっていたが、一応最後の門番らしく勝利をもぎ取った。「へへへ、頑張ります!」など殊勝な言葉を吐いていたのは営業だったらしい。
 かわいい顔でえげつないことをしてくる。それがキバナが抱くエリスの印象で、ついこの間まで覆らなかった。
「うっ…うっ…なんでこうなったのかな…。もう他の皆さん、何でかダンデさんとボクが付き合ってるって勘違いしてるし…ダンデさんも違うって言ってくれないし…。ボクが言っても恥ずかしいから?って言われるし…」
 そういえば、SNSでバズったごめん寝をするニャースと今のこいつ凄い似てるなぁ。
 エリスはありたいていに言うと、とても可愛らしい。同じモデルであり先輩のルリナは女性としてとても美しいが、エリスは男でありながら成長期の止まったあどけなさを残し、中性的な雰囲気をまとった魅惑の美少年だ。本人はダンデやキバナの高身長や鍛えられた筋肉が羨ましく、それを目指しているらしいが、正反対過ぎてむしろモデルとして目指してはいけない目標である。事務所も周囲もそれを察して、それとなくジム通いを阻止したり食事制限を設けたりしているらしい。
 そして、そんなエリスを弟のホップと同じように見守ってきたダンデは、何をとち狂ったのか恋をしている。というか本気で囲い込みにきており、公私をフルに乱用して「オレたち本気の交際をしています」とアピールしている。
 エリスは気付いていないが、ダンデがエリスを見る目は完全に捕食者のそれだ。獅子が本気で兎を狙っているのだから、周りが兎にちょっかいを掛けようものならこちらにまで飛び火してしまう。ただでさえダンデは外堀を埋める為、共通の知り合いであるジムリーダー達に周知させているのだから。
「いーじゃんかよ、もういっそ付き合っちまえ。そしたら怖くなくなるだろ?別にダンデが嫌いじゃないんだしさ…えっ、嫌いじゃないよな?」
「最近は怖いですけど、嫌いじゃないですよ。でも付き合うとかはまた別でしょう!?ボク男!ダンデさんも男!雄同士で何をしろと!?」
「そりゃセッゲフンゲフン。おいおい、このジェンダーフリーの世の中でそんなみみっちいこと気にするなよ」
「これボクがおかしいんですか…?本当にあの人何考えてんだろ…」
 ずっとベンチでべそをかくエリスの姿は悲愴感に溢れているが、キバナとて一応思い悩むライバルの姿を見てきただけに手を出しにくい。ショタコンだ変態だこんな犯罪者予備軍は去勢した方がいいのでは、と自問自答で迷走に迷走を重ねたダンデもそこそこ不憫だったのだ。結果的にダンデはエリス限定だと分かったからまだ良かったが、そこに行き着くまでに余計な扉を数回こじ開けそうになっていたし、弟に二度と顔向けできないと項垂れていた所も見てしまうと、つくづく己の性癖はノーマルで良かったとキバナは安堵した。
 それに、エリスもエリスである。モデルの仕事とはいえ、そしてそれをエロい目で見る人間がそうそういないが極たまにいることを自覚した上で、水濡れの服でミロカロスと戯れる写真は自重すべきであった。白い肌を透かした薄い生地の服に微かに覗く胸と乳首は、そのケがないキバナでも一瞬釘付けになったエロさがあった。ダンデはその写真を見て自覚してしまったらしい。ものすごくかわいそう。どっちが被害者が分かったものではない。


エリスくん
新しい性癖ほいほい。本人は至って普通だが、撮られる写真が妙に色っぽくなってしまったりしてコアなファンがいる
女の子が普通に好き。彼女にするならマリィちゃんだけど割と友達感覚。ダンデさん?人としてお兄さんとしては大好きだけど恋人とか冗談でしょーはははー
偏見はないが知識と興味も完全に無いので勘弁してほしい

ダンデさん
エリスくんに新しい性癖こじ開けられて「オレは最低なやつだ…」と自問自答と迷走して暫く迷子になっていた
弟の友達しかも幼い頃からずっと見てきた2人目の弟のような子に欲情しているのが申し訳ないのと犯罪者という気分から死ぬ程辛かったが、矛先がエリスだけだと分かると「…この子に責任とってもらうか」と開き直った。他の同じ歳の子には全く食指が動かないし何なら他の人にも全く動かないから大丈夫。
大丈夫大丈夫、ガラルはおおらかな国だから男同士も平気平気。逃がしてたまるか




 少しがっつき過ぎたとは自覚している。年頃の見た目が女の子らしい以外は至って普通の少年が、年上の男に言い寄られて逃げるのは当然だ。
「そもそもアイツの好み、最近スパイクタウンのジムリになった女の子だぜ。ネズの妹で、マリィっていう」
「女の子か…」
「あとルリナとソニアと3人でSNSに写真よく載っけてるよな。まーこれが映えること映えること。見てみ、女両手に抱えてるのにエリスにはヘイト集まらねぇの。女顔ってすげぇな」
「…なら今度オレとキバナとエリスで似たようなの撮ってみるか?」
「やめとけ、エリスがサンドイッチの具みたいになる」
 キバナに見せられた画像は、オフの私服姿らしいルリナといつもよりお洒落をしたソニア、そして2人に合わせてかなり女性的に寄せた服装のエリスが、3人仲良くアイスを食べていたり、互いのポケモンを出して楽しめるカフェでお茶をするものだった。あまりモデルを知らない者が見れば可愛い女の子たちがいるだけに見えるのが面白い。少しスクロールすれば、リプライには様々な反応がある。
「…いいな、彼女達は。オレはあの子をお茶に誘うのも難しいんだぜ…」
「自業自得って知ってるか?」
「初動が酷かったのは自覚している!」
 わざと写真を撮られるタイミングでエリスと密着し、世間を勘違いさせるような写真が雑誌に載ったのはダンデが故意に阻止しなかったからだ。そしてチラホラと来た記者に対し、ノーコメントを貫いたのも。
 エリスはそういった対応にまだ慣れていなかった為事務所対応になったのもダンデにとっては良く動いた。が、それ以降エリスが「しばらく会いたくないです…」とスマホ越しに拒否してきたのは完全に想定外だった。不信感を抱かれたのだろうし、女の子が好きな男の子が男同士の関係を噂されれば当然距離は置きたいだろう。ダンデもエリス以外の男と噂されれば絶対に逃げる。
「アイツが落ち着くまではほっといてやれよ」
「分かってる。ホップにも怒られたからな」
 初めて向けられる弟からの冷たく呆れた顔は思いの外キツかった。反論すればその度バチンウニのトゲに刺されまくり、その日1日は延々脚が痺れて酷い目にあった。



「オレはあの子を諦めるべきなんだろう」
 どの口が言うんだ、お前は。
 目の前にいる男が幾らか年下の少年に熱を上げているのは知っていた。相手はエリスで、美少女かという程顔の整った華奢な子ども。元々浮いた話のない仕事とポケモン一辺倒な奴であるから、まぁ歳は待てば解決する問題なのとエリスの満更でなさそうな態度を見て、友人でもある男の良い話が聞けるだろうと期待さえしていた。ガラルは同性カップルにも大らかな国であるし、あまりその点について不安に思う所はなかった。
 結果は、予想外に突っ走ったダンデの失策で大失敗。そして距離を置かれる羽目になったダンデは、冒頭のセリフを吐いたのだった。
 諦める、なんて殊勝な言葉だが、キバナは全く信じていない。普段は朗らかで人格者だが、ポケモン勝負や自分の欲が絡むと貪欲で傲慢な本性が露わになるのがダンデだ。自分を満たせと口にしながら挑戦者を完膚なきまでに叩きのめす男が、たかだか1度失敗した程度で獲物を諦めるとは到底思えない。10年間ガラルの王者として君臨し続けた奴のプライドと有言実行する能力はマジなのだ。唯一阻止できるとなればエリスのはとこで戸籍上は兄妹となっているメリアだろうが、彼女はエリスに対する扱いがそれなりに雑で自らは動こうとしない性格だから期待はしないでおく。
「なぁダンデよ。諦める気が一切無いくせにいい子ちゃんぶるのはよそうぜ」
「あぁ、そうだな」
 最近ダンデはバトルタワーの経営にも手を出している。ポケモンバトルやメディアに出るのが仕事だった頃とは全く異なる冷徹な判断力も持ち合わせ始めた男が、言葉をやや選ぶように手を組みなおしたのを見てキバナが冷や汗を垂らした。
「オレはあの子に責任を取って欲しいだけなんだ」
「仰々しい言い方だな」
「これでも素直な方だろ?」
「回りくどいって言ってんだよ。あー…まぁなんだ、これ以上周りに迷惑と心配はかけんなよ?少なくとも合意がないと駄目だからな」



「…ヒゲ、ちくちくしますね」
 エリスの舌は薄く、少しだけ冷たかった。柔い唇がダンデの唇に触れて舌先が少し触れたキスは、ほんの僅かな時間とはいえ甘露な刺激とそれ以上の衝撃を与えた。
「エリス…?」
 顔を離したエリスは困った顔でダンデの顎をなぞる。今しがた触れていた唇は唾液で濡れ、湿っぽい吐息を零す姿は歳不相応に艶やかだ。
「なんです、こういう事がしたかったんでしょう。それとも、今からでもお兄さんらしく自分を大事にしろって言いますか」
「いいや。生意気になったな」
 頭を掴んで引き寄せる。力尽くなんて予想もしていなかったらしい体は、禄な抵抗もしないまま撓垂れ掛かってきた。
 呆然と半開きだった唇に噛み付き、油断している内に親指を差し込み、舌を入れる。指を伝って唾液が溢れるがそんなことはどうだっていい。逃げ腰の舌を無理に絡めとって甘い味を堪能しながら、呻くエリスの頭がズレないよう強く抱き締めた。
 どんな心境でエリスからしてきたのかは知らないが、自分から寄ってきたのだから自己責任だ。ダンデの気持ちを知りながらキスしたのなら、ダンデにだってやり返す権利はある。折角我慢出来そうだったのに、離れられると思ったのに。1度されてしまえば歯止めが効くわけが無い。






















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