平和に行きましょう。

さいかい


「久しぶりね。何十年かぶりの再会が塀越しなんて笑えやしないけどさ」
 珊瑚色のルージュが引かれた形の良い唇が嘯く。蜂蜜色の猫目が細まると、美しい顔が鮮烈に際立つのを久方振りにローズは思い出した。
「本当にお久しぶりです、エンジュ。ガラルから飛び出したキミが戻ってくるとは、どういう風の吹き回しで?」
「いやさ、朝のニュースでガラルの大企業率いる会長が出頭したって聞かされて。もっと聞けばアンタだったから、こりゃあちょっと会いに行こうかって思ったのさ」
「その為に警察手帳を使うなんて」
「手元にあるものは何でも使う主義だよ」
「その主義でワタクシは貴方にヌイコグマの群れに突っ込まされました」
「いいじゃない、親のキテルグマに追いかけ回されたのはアタシだよ」
 互いに小言が飛び出して行く応酬も随分と懐かしい。まるで確執も20年という溝もなかったかのようにエンジュと再び話せるとは、人生何があるか分からない。
 しみじみと懐かしんでいると、エンジュがアクリル板の向こうで紙袋を持ち上げてみせた。シュートシティにあるブティックのロゴがあり、大体の中身は察せられる。
「ここに来る途中、金髪のクールなお嬢ちゃんからアンタにって差し入れ持ってきたよ。何アレ、恋人?愛人?養女?」
「オリーヴくんは秘書ですよ。キミの中でワタクシはどんな人なんです」
「冗談よ。向こうから秘書だって言われてたし」
「彼女にはワタクシがいなくても会社を回せるよう頼んであります。タワーだってダンデくんに渡して、彼のやりたいように使ってくれるでしょう」
「周りに恵まれたってのにアンタがブタ箱じゃあお粗末もいいとこねえ。まあ、調書を見た限り余罪が無けりゃすぐ出られそうとは思うけど」




 生まれ故郷であるガラルを飛び出した理由は、ただ単に目新しい何かが見たくなったからだ。今思えば傲慢な考えであったが、飛び出した結果見られた景色はエンジュの好奇心を向こう30年満たす素晴らしい物だった。
 国際警察になったのは、ガラルを出る理由として留学を選び、その際学んだ事を活かすのにもってこいだったから。犯罪組織を追い掛け、死にかけたことも何度かあったが、結果的に生きているので結果オーライだ。

「いやぁね、いつも通り犯罪組織追い掛けてそこらじゅう飛んでたんだけどいきなり上から指示が来ちゃってさあ。二月くらい休めって、あぁーなんかうちの部署ガサ入れでもしてゴミ掃除でもすんのかなって思ったの。そりゃーアタシいたら拗れるから強制的に本部に居ないようにしたんだろうけど、にしたってめちゃくちゃ急じゃない!?ポケモン使って資金洗浄してたバカとっ捕まえて報告した直後のそれよ?ひどくない?せめて一言労えっての!」
「お疲れ様、叔母さんって現場人間だもんねー」
「ソニアちゃんみたいな姪っ子いてアタシは超嬉しい…」
 机に突っ伏しおいおいと嘘泣きをする叔母の背中をぽんぽんと叩く。実際に会うのは10年振りだが、ちょくちょく誕生日プレゼントや手紙をくれるエンジュはソニアの中でそこそこインパクトの残る中々忘れようにも忘がたい身内の1人だ。生まれた頃からジムチャレンジの年までの10年間、国際警察というエリートとして世界各地を巡る中を縫うようにソニアを実の子のように可愛がりにきてくれた叔母は優しいと同時に豪快でもあった。今日の来訪だって何年も便りがなかった中、一昨日スマホに「明後日ガラルに戻るからお家寄るね」という連絡が突然きたから判明した。
「それはそうと、ソニアちゃん博士になったんだって?」
「うぐっ…その本は」
 一通り落ち着いたらしいエンジュがカバンからそっとソニアが書いた本を取り出す。先日シーソーコンビからボロくそな評価を下されたが売れ行き自体は好評なのでそこそこ複雑な気持ちになっていたのだが、そこに叔母まで反応するとは思わなかった。
「ソニアちゃん…」
「は、はい…!」
「この10年で溜まりに溜まった貯金の額がどえらい事になってるのよ。お財布のデトックスついでにアンタの欲しい物何でも言いなさい。服とか食事とかなんなら研究資材でもパトロンでもいいよ?あとサイン下さい」
「叔母さんそこまで行くの!?」
「目に入れても痛くないめちゃくちゃ可愛い美人な姪っ子が博士になれたんだからお祝いさせてほしいのよ!」
「じゃあ今度一緒にシュートシティでお買い物しようよ。叔母さんが奢ってくれる代わりに私が案内したげる!」
「はーぁソニアちゃん良い子だね…」


 ソニアの叔母は若作りおばけだ。本人に言うと警察仕込みの本気な腰車をかまされる危険があるので心の中に留めておく。留めておけなかったホップは子供だから手加減されたチョップを落とされたが、あれは手刀と呼んでも差し支えない鋭さがあった。
 まずどれくらい若作りかというと、再会する10年前の最後の姿から顔が全く変わっていない。変わっているのは服装や化粧の好みで、やや雰囲気が落ち着いたのが見て取れるくらいだ。小じわや肌はカバーしているのだろうかと気付かれない程度に見つめていたがそんなものは端から存在していなかった。恐らく隣に立てばソニアより少し年上のお姉さんで通るレベルである。実際は二回りほど歳が離れている筈だが。

「叔母さんって長期休暇はずっとここにいる予定なの?」
「いや、途中でアローラにも行くつもりだよ。あそこに知り合いがいるからちょいと顔見に行って、また最後にガラルでのんびり過ごそうかなって。あぁ、そういやあそこの博士がそこそこアンタと歳が近いかもね」
「アローラの博士知ってるんだ」
「仕事でちょいとね。面白い男だったよ、常夏の地方だからか何だか知らないけど半裸に白衣着てた」
「半裸に白衣」
「ポケモンの技を研究する為に生身でタックル受けたり」
「生身で」
「あとプロレスラーも兼業してたみたいね。本人は覆面レスラーとして否定してたけど」
「待って叔母さん、ポケモン博士のキャラクター性が訳わかんない」
「安心しなさい、あそこの濃さは他の地方も飛び抜けてるから」
















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