平和に行きましょう。

老朽


 老朽化した壁が抜けるのではと危惧する程の破壊音が轟く。ぎゃ、という肺の空気と共に無理矢理押し出したような悲鳴を上げ、床に転がった“それ”を見、何なのか認識した途端、
「っひ……!」
 赤彦の背にいた沙良が、引き攣った悲鳴を上げた。恐らく沙良や十影さえいなければ、許されるなら赤彦も全力で逃げたい気分だ。
 赤彦らの足元で這いつくばり身体をくの字に曲げ、苦しげに酸素を求めるクラスメイトの女子生徒は左頬を酷く腫らしながら血反吐を吐き続ける。
 一体何がと困惑する中で、女子生徒が飛んできた廊下の先から、体重に見合う軋みを立て人影がぬっと現れた。
 簡素な作業着を着た、中年に差し掛かった男だ。身長は赤彦より少し低いだろうが、力仕事により培われたのだろうガタイの良い体躯や、手に持った血のついた革袋、そして何の躊躇いもなく女子生徒の襟首を掴んで引き摺る様子から、救出の選択肢を即座に捨てる。女子供ですら殴り飛ばすような非道行為に慣れた相手に子どもが勝てる可能性は皆無だ。人間を殴るというのは、言葉と見た目以上に痛く気味の悪い行為だと赤彦は知っている。
「東郷さん、コイツあっこに連れて行きますわ」
「おー」
 女子生徒を引き摺る男は、そのまま赤彦らを一瞥しただけで入れ違いにやってきた一回り以上大柄な男へ声を掛ける。先ほどより大きくなった軋みと啜り泣きが徐々に遠ざかっていき、やがて外へ出る音が聞こえるとそれ以降は元の静寂に紛れてなくなった。それを確認してから、「東郷さん」と呼ばれた男が血反吐と吐瀉物で汚れた廊下の惨状に顔を顰め、未だ固まる赤彦と抱き合う十影と沙良へ「おはようさん。部屋で大人しい待っとき」とだけ、ようやく声を掛けた。
 苗はどこじゃ、という不明瞭な独り言と共に一階へと繋がる階段を下りその男も消えると、ようやく心臓が動き出したかのように肋骨を叩き始める。

「おかしな真似せんなら、こっちは何もせんわい。旅館内なら自由にして構わんし、余計な場所に入らんなら外も少しは散歩出来るしな」
「…あの、質問をしてもよろしいでしょうか」
 男の説明に、おずおずと手を挙げたのは沙良だ。先ほどの惨状を見たせいで顔色は青白いが、男に先を促されると落ち着いた風に口を開く。
「その山に入っていけない理由を教えて下さい」
「大猪が出よる。一応動物用の罠も仕掛けてあるし、出くわして挽き肉になった奴もおる。そもそも遭難されたら面倒じゃろ。二日三日、ここで大人しゅうしとけ」
 男の口調は徹頭徹尾、とにかく面倒臭げであった。しかし山へ入る危険性を教えられ、一先ず沙良は納得したように頷く。
 何故隔離されているのか。それ自体を聞きたいが、核心に最も近いだけに触れるのが恐ろしい。素直に教えてくれるのかすら定かではないのだから、聞いても意味は無い。
 対して赤彦はやけに酸っぱい唾を飲む羽目になる。一階の物置で見つけたやたら大きな長持や掃除道具に付着していた赤いシミが血であること、そして所々にあったカスが人骨や爪であったことに気が付いてしまった。










































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