平和に行きましょう。

ストーカー


「お、おはよう!」
「ん…、おはよう」
 挨拶の後、期待するように見詰められていることに気付かない振りをする。ここで情を出してはならないと気付いたのは、初めて“彼”と関わってから然程経っていない、三週間前からだ。けれど事務的な挨拶や会話以外、ほぼ徹底して相手にされていないというのに“彼”はめげる様子を見せない。良く言えば健気で、悪く言えば諦めが悪く、ここ最近沙良の精神はヤスリで削られる木材の如くすり減りつつある。
 生理的に無理だ、うん。
 相変わらず背後からの未練がましい視線を感じつつ、沙良は下駄箱で靴を履き替える。唯一の救いは直接的にちょっかいを出してくるだけで、こうした下駄箱や机などの小細工を仕掛けてこない辺りだろう。手紙など入っていた日には読まずに捨てる自信がある。
「おはよ、兎さん。相変わらずだね」
「おはよう、十影。アレ、どうにかならないかな」
 アレ、とは言わずもがな“彼”のことだ。十影が横から現れてすぐにいなくなったようで、後ろを確認して視線が合うことはない。
「真雪さんはマタタビ体質だけど、兎さんも兎さんで不思議だよねぇ」
「何が?」
「ほら、変態に気に入られる」
「…例えば」
「ロリコン」
「心当たりあり過ぎてヤバい」
 小学校時代から現在に至るまでの経験を思い出せば頭が重い。
 一応お嬢様でもあり、容姿からしてあどけない女の子(笑)である沙良はその手の変態を非常に良く捕まえた。ある意味警察に良い意味で貢献し、警官には顔見知りすらいる。
 けれどその反面、あまり普通に恋愛感情を向けられた記憶は無い。近寄り難い、と陰で言われていたのを聞いてしまってヘコんだ思い出はあるが…。
「はぁ…、朝から滅入るなぁ…」
「確かもう一ヶ月位だっけ。僕と赤彦が一緒にいるとしても限度があるし」
「助かってます」
「どいたま。…とりあえず大人に相談しないと君が困るよ、現在進行系だけど」
「はーい。こういう時、お父さんとお母さんいたらいいのになぁ」
 元々いない人間なのは承知だが、もしもの話はいつだってその場しのぎで気分転換になる。































 嗚咽を押し殺すでもなく、啜り泣くでもなく、ただ静かに涙を流すその姿には、心配も罪悪感もなく、業の深い倒錯的な愛嬌を感じた。
 目の前の彼女は、きっと誰にも見せたことのない姿を今無防備に晒しているのだ。気丈に振る舞う彼女の弱さをたった今、誰にも知られずに。







朱部羊介(あかべ ようすけ)
今回の元凶。沙良のストーカー
沙良が好きで、特に泣いている顔に対して偏愛を注いでいる
曰く「周囲からどう見られても気丈としている強い彼女が独りで泣いている時の弱さがとても可愛い」らしい
そのうち自分が沙良の精神を追い詰めて泣かせるという弩級の変態行為を考え付き、以後いてもたってもいられず実行→ストーカーの流れとなる。最終的に泣かせることには成功したが、それが多々良の胸の中という結果に「何だ結局この子はあんまり寂しい子じゃなかったのか」と失望して興味を失う。ちなみに学校側にバレた後、流石に色々問題となり転校する羽目になる
元々自分の家庭環境や状況が最悪の中、自分より不幸そうな女の子見つけて無意識的に比較対象にしていたという、本当に可哀想な男の子




「…何で怒ってるの?」
「怒ってない」
「人殺しそうな目付きで言われても…」
「本当なら赤彦が慰めたかったんだけど、先生に部屋追い出されて拗ねてるんだよ」
「うるせぇ」
「あとストーカー君…朱部君と会わせたら私刑しそうだから隔離されてたんだよね。どっちが加害者か分からないよ、もう」
「うるせぇ馬鹿」
「…………。赤彦」
「ん?」
「怒ってくれてありがとう」
「怒ってないって言ってんだろ」
「そうそう、僕ら心配してたんだよー…いだっ」
「心配してくれてありがとう」
「…………」
「あっ、照れた」
「一々実況すんな馬鹿!」








































 程なくして、その場には濃い鉄錆じみた臭いが充満した。
「苗、これで儀式自体は何とかなった?」
血濡れた石を転がし、十影は
あの意味不明な霧状の何かと共に嘔吐した胃液で

 














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