平和に行きましょう。

親の心子知らず


 親の心子知らず、とは正しくこの事を指すのだろう。尤も、審神者に顕現された刀剣男士が親の気持ちになるなどおかしい気もするが。
「主、“また”かい」
「長谷部と燭台切が二人でいた時点で逃げてきた」
「今度は何を食べさせようとしていたんだろうね」
「なんか甲羅見えたよ」
「あぁ、スッポンかな。今日の夕餉は鍋になるかもしれないね」
「…美味しいの?」
「流石に食べたことはないなぁ」
 素直にそう零せば、膝上で寝転がる沙が震え上がったのが分かった。
 何かと不調気味の主を慮って、精のつく物を食べさせたい気持ちは分かる。ゲテモノ一歩手前の食材を食べさせられる子どもが可哀想だが、こういったことも大切だろう。この間の遠征で、長谷部がいそいそと市場へ出ていた理由がこれでようやく分かった。
「散歩に出掛けて、お腹を空かせないかい?」
「外出禁止令出されたんだけど、良いの?三日月なんか一週間顕現すら禁止されてるし」
「厚樫山まで出たら誰だって怒るに決まってるじゃないか。本丸の中庭までなら大丈夫さ」
「ふーん…。なら行く」
 相変わらずの無表情だが、雰囲気は一気に明るくなった。普段奔放な割に、律義に外出禁止令を守る姿は滑稽でもあり可愛らしくもある。三日月と共に知らぬ間にとはいえ、遡行軍のうろつく敵地に本大将が出ていたという大問題を起こした引け目も感じているのだろう。
 「お散歩大事件」と称される昨日の出来事は、ほけほけといつものように徘徊していた三日月の誘いに乗った沙が何故か厚樫山にまで出てしまい、それを主の姿が見えないと騒ぐ長谷部により発覚した事件である。事態は偵察特化の極付き短刀と一撃必殺の三名槍により構成された第一部隊による、本気の捜索と、全力の保護の末に無事収束した。その後始まった一期一振の説教と、激怒した蜻蛉切の無言の圧力は、沙が泣いて謝るまで渡ったという。ちなみに長谷部は唯一相変わらず優しく接した為か、その晩延々と主の傍から離れることを許されなかった、と本人が幸せを噛み締めていた。彼の邪心ともつかない煩悩は、最早自分でも祓いようもない。というか普通に気持ち悪い。
 障子代わりの簾を開ければ、涼やかな冬の風と虫の音が届く。ほう、と一息つく彼女の肌は相変わらず青白いが、日光浴を歓迎しているようだった。
 草鞋を履いて、しゃく、という軽快な音を鳴らしながら沙の足跡が雪へ沈む。新雪はやわい。あっという間に足袋がぐっしょりと色濃くなった。
「………寒い」
「流石冬だね。奉納されてから、滅多に雪を見ていなかったよ」
「あー…私もあんまり見たことないかも。降りにくいし、積もりにくい土地だったし」
「主の故郷はどこなんだい?」
「内緒、て政府からの口止め。でも、結構田舎だった。23世紀がどうかは知らないけど」
「きっと何100年と経って姿形は変わっていても、君の故郷には違いないだろう」
「だといいけど…。あの田舎が発展できるのかなぁ…」
 滑らかに語るその口調は何でもない様子だが、彼女が自分について語るなんてとても珍しいことだった。きっと明日は槍が降るかもしれない、多分蜻蛉切か御手杵辺りが。
 そんなことを考えていたら、前から鮮やかな桜色が走ってきた。
「あっ、主様…と石切丸さん!ここにいらしたんですね!」
「秋田、どしたの」
「政府からの文です!真っ赤な字で最重要って書かれていたので、早急に届けないとって探していました!」
「うん、分かった。ありがとう」
 また珍しく押され気味に頷いた沙が、秋田からその文を受け取る。どうにも幼い見た目のせいか短刀たちには強く出れないらしく、決して強気にはならない態度が見ていて面白い。ちなみに政府由来の書類は、殆どが術式によるフィルターが掛けられているらしく、刀剣男士が覗いても白紙にしか見えないようにされている。うっかり本名や情報を漏らさないようにする為らしい。
「………………。あっ、面倒臭い」
「どうしたんだい」
「どうされたんですか?」
 思わず零した愚痴は心底滲み出た本音だ。彼女は文から目を離さず、一言だけ言った。
「“名門審神者サマの演練初戦デビューを飾れ”」
 よりにもよって何故ここを選んだ。























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