平和に行きましょう。
いとおし藤の花
「い」を縦に十つ。そして糸を通すように、真ん中に伸ばされた線。たったそれだけを書かれた半紙が、知らぬ存ぜぬ間に離れの自室に繋がる障子へ挟まれていた。
「なんだこれ」
正しく、その一言しか出てこない。上から下にかけて徐々に小さくなっている文字と滑らかな線は、見ようによっては藤…に見えなくもない。何を言い表したいのかは全く伝わってこなかった。
手渡しではなく、障子に挟んでいる辺りに匿名希望な意思が感じられる。それに特別悪意は感じられないし、藤四郎の短刀たちは最近暇潰しに習字などの手習いをしている。彼らが飽きて書いた可能性もある。
「あるじさまー、やつどきですよ」
内番姿の今ちゃん…今剣が3時のオヤツだと呼んできた。たまに意地悪とも言えなくもない悪戯をするし、仕事中にも関わらず遊びに振り回したりする今剣だが、オヤツだけは一緒に大人しく食べる仲だ。今剣は三条派の例に漏れずかなりの高齢の筈だし、多分きっと教養もあるだろう。
「今ちゃん今ちゃん、これ何か知ってる?」
「なんですか?」
「部屋の障子に挟んであったから。なんの意味があるのかなって」
「へー。だれがかいたのかは、わかりますか?」
「いや…。名前がないから、本人がそのつもりなら見つけなくてもいいかなって思ってるけど」
「ふーん」
あ、これは教えない声色だ。何度も似たやり取りをしたおかげか、声色の調子で大体のことは分かる。「意味は知ってるけど…」みたいな感じだろう。
しかし今剣はにんまりと笑って半紙を掲げた。
「ぼく、これほしいです。いいですよね?」
「うん?意味があるなら、それを教えてくれるなら良いよ」
「いみなんてありませんよ。“へのへのもへじ”みたいなものですから」
「あ、文字絵ってやつか。ふーん、洒落てるね」
娯楽が今より溢れていなかった昔の人の知恵というやつだろうか。喉元の小骨がすっきり取れたような感覚は得られた為、約束通りその半紙は今ちゃんへ譲った。
「そんなことより、おやつですよ!はやくしないとおおくりからにとられますよ」
「へっ」
例の意地悪そうな今ちゃんの笑顔で思い出した。
昨日の大倶利伽羅のケーキは燭台切から「遠征でいないし、悪くなるといけないから特別に食べていいよ」と貰って食べてしまった。具体的には本人が帰ってきた丁度に。
多分今日は、燭台切が気を利かせてアイツの分だけ多くしているだろうが、根に持って食べられてもおかしくない。というか確実に食べられる。
「さきについたら、まめだいふくひとついただきますね!」
「あああああ!お前取ったら刀装無しで池田屋だからな!!」
「いわとおしにいいつけますからね!」
「今までの悪戯全部加州と長谷部に訴えるからな!」
「いんけん!」
陰険なのは加州と長谷部の報復だ。やー、良い部下持ったなー…とは口が裂けても言えないが、こういう時あの二人は大変役に立つ。
ちなみにこの後、廊下を走ったことでおやつ係の歌仙に今剣共々滅茶苦茶怒られた。解せぬ。
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