平和に行きましょう。
演練
「へし切り長谷部、前田藤四郎、秋田藤四郎、薬研藤四郎、小夜左文字、蛍丸。……その上、顕現したての小烏丸ですか。相変わらず周りのヘイト稼ぎますね」
「知らん」
カルテをパラパラと捲り、今回の参加部隊と照らし合せていた例の看護師は「程々に」とお小言を言っただけで去って行った。
最早倒れることを前提にした観客席は、持参したタオルケットやらクッションやら、そして被衣姿の沙でちょっとしたお飾りのような有様になっている。当然周りの目もあるが、死活問題の沙としては気にする余裕もないのだが。
「主、我が手本になろう」
「次の演練でお願いします」
勝率九割と言えば聞こえは良いが、実質的には90%を下回るか下回らないかのギリギリだ。特別熱心に参加している訳でもない、しかし怠け過ぎると評価に響いて面倒なことになる。特に、今回負けると八割に落ちかねない。
「我が名は小烏丸。よろしく頼むぞ、主よ」
「うん、よろしく。…えーと、平安中期…過渡期の両刃だっけ」
「うむ、日本刀剣が生まれゆく時代に先駆け生まれた。我は言わば、ここな刀剣の父よ」
「ほーん、お父さんか」
「…………」
「…ど、どうしたんだい?長谷部くんらしくなく、聞き耳なんてみ立てて」
本丸にある執務室には、今主たる少女と新たに顕現された刀剣男士がいる。その二人分の茶の準備を持ってきた燭台切の前には、障子を親の仇の如く睨み付けながらぴったりと引っ付く長谷部の姿があった。
別段、その光景自体は特別珍しくはない。しかし、ここまで周囲の目も憚らずに奇行に走るのは中々なかった。
「新たな刀剣男士が不埒な輩でないという可能性がどこにある…!」
「主にとって、正しく今の君が一番脅威だと思うよ」
血走った目で迫る男の不気味さはいっそ滑稽である。呪詛がただ漏れる長谷部に正論は届かないのはいつものことであるが故に、やはり燭台切もいつも通りそれを脇目に障子を開けた。離れとは違い、この本丸の執務室の鍵は任意で変更できる為、今は近侍でなくとも入室できる仕様になっている。
「主、お茶とお菓子を持ってきたよ」
離れ程私物のない執務室は、主の趣味と歌仙による贈呈により、花だけやたら溢れている広々とした部屋だ。この本丸の歌仙は主に嫌われていないこともあり、与えられた中庭の花壇に季節の花を植えて育てては、好き勝手に主を飾るのが大層好きなのだ。年相応にお洒落が好きな彼女も唯一そんな歌仙に付き合う様子を見せている。意外だが、きっと気が合うのだろう。
中に入ると主の他に、目が覚めるような鮮やかな朱の着物を着た少年がいた。例の古武士、小烏丸だろう。つい、と二人して流し目で見てくるのは何となく心臓に悪い。
「ほう、この父に茶とな」
…父?刀剣の父というのもおかしな話だが、大概刀工辺りの作り手か持ち手を言うのではないだろうか。主を見れば、呆れた風に小烏丸を指した。
「ざっくり言えば平安中期の両刃刀剣…日本刀の原型だからじゃない?」
「あぁ、なるほど」
「主、此奴の名を何と言う」
「燭台切光忠。ここの厨番の一人」
「小烏丸さん、よろしくね」
「うむ、うむ」
握手として差し出した手で華奢な手を握る。主とはまた種類の違った小柄な手は、父と名乗るには非常に柔らかい。
「燭台切、悪いけど今から案内だから、お茶は他の奴らにあげてくれない?」
「了解、タイミングが悪かったんだね」
小烏丸と主が立ち上がる。手持ち無沙汰になってしまったこれらは鶯丸へ渡した方が良いだろう。そうしようと思い、一緒に廊下へ出た瞬間に「あっ」と思い出した。
「うわ、何かいた」
「主!」
「…………。うん、お疲れさま」
遭遇してしまった。自業自得とはいえ、この反応は結構キツ──うん?
幻聴が聞こえたのだろうか。
「丁度良いから言うけど、小烏丸と仲良くしてね」
「え…は、はい。主命とあらば」
「うん」
普段あれだけ毛嫌いしている様子であしらう長谷部の頭を、拳ではなく手の平でやわやわと撫でている。ついには幻覚も出てきた。これは夢だろうか。長谷部が完全にフリーズしている。
「小烏丸、燭台切のご飯美味しいから。大体皆、顕現したその日に食べまくって翌日倒れるのが通例」
「ほう、それも楽しみよの」
あ、ヤバイ泣きそう。燭台切の涙腺は存外に弱かった。だが行事を除けば、いつだって彼女は一人離れで食事をする。食事を運ぶのは近侍で、間接的にも感想を言われたことなど殆どない。しかし、それが、今……。
「じゃあ、ちょっと一周してくる」
「さぼるでないぞ」
我関せず、呆ける二振りを置いて主と小烏丸はそのまま角を曲がって行った。結構気が合いそうなコンビだな、と突っ込む気力はとうに削がれた。
「うん、よく我慢したね」
どばぁ、と山のごとく桜吹雪が現れた。自分も言えた義理ではないが、やたらと桜が溢れてくる。絶叫すらも出来ない程に歓喜しているらしい長谷部はそのまま誉桜に埋もれていく。
一体何の気紛れかは知らないが、侮辱だけはしない主だ。素直に褒めてくれたのだ。
「小烏丸さんには悪いけど、歓迎会よりこっちの方をお祝いしようかな…」
果たして、今日一日これからどれだけの桜吹雪が現れるのだろうか。
珍しく大きくハメを外した後の大広間は、その反面で不気味な位静かだった。あちこちに散らばった垂れ幕や酒瓶、座布団は各々雑魚寝する者の布団か抱き枕と化し、また誉桜が決して小さくない範囲で山を作っている。
表向きの主役である小烏丸は、顕現初日の刀剣男士の例の如く、胃の許容量が分からないままに飲み食いした挙句、唸り声をあげながら隅で眠っていた。最初こそは大広間にいる全員を私室へ届けていたが、流石に30名を超えた辺りから放置するようになったため、比較的理性的な者は明日へ支障がない程度の片付けをするだけだ。主の沙は歓迎会に参加する為大広間に現れたが、夕食と共に始まった宴会が夜10時を超えた辺りで離れへと戻っていった。長谷部や燭台切に続き、案内の過程で出会った者全てに誉桜を出現させた沙の奇行は、恐らくその時点で終了だろう。
「おんしゃ、何があったがか」
「藪から棒に何」
「今日の奇行じゃ。天変地異でも起こるんやがと、石切丸が驚いとったぜよ」
「そこまで?」
沙の苦笑が静かに溶け込む。しかし質問には答える気があるらしく、少し間を開けて首を傾げた。
「…小烏丸はお父さんなんでしょ。なら、そのお父さんの前で良い奴だよって教えたかった…んだと思う」
「……。お父じゃのうて、日本刀の移り変わりの最中におったっちゅーだけじゃ」
「えっ、そういう認識なの?」
「あいつがお父なら、おんしをお母と呼ばにゃならんにゃ」
「そのレベル?あー…まぁ、いいや」
つまりは、珍しく気を使ったのだろう。結果として沙の目論見は意味を成さなかったが、他全員の士気はこれ以上無い程に上がった。
「うん、それならそれで、明日の演練は全員ぶちのめせるかな」
あぁ、彼女はやはり一筋縄ではいかない
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