平和に行きましょう。
よその子長谷部
これは、実の所古参しか知らないのだが、長谷部は沙が顕現した刀ではない。元々はどこぞの誰かの所有物で、たまたまアルバイト感覚で参加した所謂「ブラック本丸」掃討作戦において、処遇を決めかねていた刀剣男士達の中で当時いなかった者を引き取ったのだ。その本丸の様子がどうだったかなんて既に忘却の彼方であるが、しかしこの長谷部の主への傾倒ぶりは同種の中でも異常のようだった。
「主!何故ですか!」
「いっちいち移動に抱き上げられる身にもなれ能無し!!!何でお前に私の行動を逐一教えにゃならん!!!」
「主の御身を守る為です!どうかこの長谷部に全てお任せ下さい!」
「うるせええええええ」
「夜分遅くに失礼致します」
審神者の私室兼書斎は、一見小ざっぱりしているようでこれが中々に散らかっていたりする。本棚の本は整頓されていないし、中身が机や床に積み重なって放置されている。部屋の隅にある、満杯になったゴミ箱はそれでも尚捨てられて山を形成しているし、それすら受け入れ損ねた紙くずは周りにポロポロと落ちている。単純に調度品が少ないだけで、ただただ広く感じるだけの無味乾燥とした部屋だ。
西洋風のランプを灯しただけの薄暗い室内で、蜻蛉切の主、沙は長ソファで寝そべりながら書類を読んでいた。表情は不機嫌そのもので、刀剣男士の中でも大のお気に入りとされている蜻蛉切が来たとしても、その視線は僅かに動いたきり、特に揺らぐ何かがあった訳でもなかった。
「主、長谷部殿についてお話があるのですが」
「…ん」
蜻蛉切が単刀直入に切り出すと、ようやくむくれた顔が向いた。駄々をこねる子どもらしく、そのまま身体を起こすこともしない。
「長谷部殿は今や主の指揮系統から外れた存在です。元より不可思議な刀でしたが、最近ではそのタガの外れようは目に余ります」
「…………」
数ヶ月前、また独断で他所の本丸の後始末を請け負った折、彼女はそこから一振りを持ち帰ってきた。「そこそこの練度と経験を積んだ刀剣男士を、ただ刀解して本尊へ還すのは勿体無い」という趣旨の意見から、後始末をした審神者たちにそれぞれ自分の本丸にいない刀剣男士を連れ帰ることを推奨されたのだ、というのが帰ってきた主の言葉だった。そして酷くやつれた顔色のへし切長谷部が、その後ろに控えていた。
初めは、割と上手くやっていた気がしていた。何かとそそっかしい主と身の回りの気配りが出来るへし切長谷部。書類仕事や私生活まで、初めこそバランスの良い二人だと思っていた。それに中堅程の練度を持ち護衛として近侍を務められる為、今まで山伏や陸奥守、蜻蛉切が持ち回りで世話をしていた分が、気兼ねなく出陣出来るようになったので、かなり練度が上がりやすくなった。
だから、と言うべきかもしれない。それまで注意深く見てきた主から視線が外れてきたから、気付くのが遅れたのだろう。
「最早刀解しても政府は何も言いますまい。外敵も増える中で、本丸に危険を置く道理があるのですか」
「分かってる」
「ならば、今すぐにでも。彼の行為は本丸の誰もが知っております。他の者が行動を起こす前に、どうか」
「私に過干渉しているあいつと、それをよしとしないお前たちが壊滅的に仲が悪いのは知ってる。でも、それは物凄い悪循環なんだよ。あいつにとったら、ここで縋れるのが私だけなんだ。だから必然的に関わりたい。気に入られたい。でも皆はそれが気に入らない。だからつっけんどんになる。それでまた私に皺寄せがくる」
深い溜息を吐いた彼女は、聞き分けのない童へ言い聞かせるように呟いた。
「まぁ、最初にやり過ぎたのは私だし、自業自得だろうね」
「刀解はなさらぬと」
「お前たちが遡行軍や人の形をした者を叩き切る以上の覚悟が、まだ私にはない。それは完全に私の敵になった時の、最後の手段として置いておかなければならない」
蜻蛉切にとってそれが甘い処置かどうかは計りかねた。ただ意外と頑固で芯の強い娘が、自分の言葉でへし切長谷部の処遇を決めることはないことだけは理解した。
「明日から近侍は御手杵にする。誰に似たのか、あんまり皆に興味が無さそうだから、波風は1番立ちにくいだろうし」
「は」
「お前は一度隊長として長谷部をお願い。根気強さが必要だろうけど」
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