平和に行きましょう。

槍が来た


「おぉ、槍が来た」
 主のぽかんとした顔と、その時の近侍であった歌仙の言葉で、どうやら自分が最初の槍であるらしいと悟った。
「…ただ今馳せ参じました。蜻蛉切と申します。いつでも出陣の準備は出来ております」
「……とんぼ?」
 名乗りを上げれば、まだ幼子のような主が反芻する。子どもなりに、理解の範疇を超えるような事態であったらしかった。
「主、初めましての時は?」
「あっ…えーと、…備中国が審神者、沙と申します!」
「そうそう、よく出来ました。そして僕は歌仙兼定。君が初めての槍になる。…苦労はあるだろうが共に頑張っていこう」
 歌仙に頭を撫でられ、満更でもない無表情で照れる主。何を思うかはともかく、胸に湧くのがそう悪い気分ではなかったのは確かだった。



「槍?」
「刀装無視して、本体を斬れるらしい」
「いいね、えげつない」

「だけど、あの主に槍が扱えるのか」

 数度目の出陣。本体を手に、戦場を駆ける高揚はあれど、確実に屠ることは叶わないもどかしさだけが募っていく。
 どうにも、自分は所謂「大器晩成型」にあたるらしい。
 場数をこなさなければ禄な戦力にも数えられないのだと、先を走り、着実に敵を狩る仲間の背中から言われた気がした。
「疲れたのか、蜻蛉切」
「和泉守殿」
「俺らの主は色々疎い。自分のことも、他人のことも、俺らのこともな。ただなまじ経験はちょろっとあるから、戦の指示に不便はねえ」
 それは理解してるつもりだった。
 沙は、蜻蛉切が確実に討ち損じると分かって尚最前線たる第1部隊長に据え、その上必ず大太刀の誰かを配置する。残酷だが、効率的ではある。
 そんな幼子は、顕現して以降あまり姿を見ていなかった。どうにも長谷部や歌仙に世話をされながら、午前は歌仙による手習い、午後は長谷部と共に審神者の仕事と、見た目不相応に隙のないスケジュールで生活しているらしい。
「主は、他の槍をお探しにはならないのか」
「さぁな…、探してない訳ではないだろうが…ゆっくり待ちな」
「主とお話するには、手順が必要か?」
「必要はねぇが…そうだな、不機嫌そうなら日を改めた方が良い」
 共に畑仕事をしていた和泉守は、手拭いで汗を拭きながら教えてくれた。収穫した野菜の色艶はどれもこれも素晴らしく、毎日採ろうと広大で肥沃な地の恵みは絶える事を知らない。これらは本丸を覆う審神者の霊力に比例するものらしい。
「今はそこそこ上機嫌かもな」
「…畑と主の機嫌は繋がっているのか」
「畑ってぇよりは、その辺に生えてる花とかだな。主が良い気分だと、本丸のあちこちに小さな花が咲く。逆に不機嫌だと、虫が葉を食いやがる」
「なるほど、参考にさせてもらう」



 幼子は藤が一望できる回廊の突き当たりで手摺りに腰掛け、つま先を床に滑らせては退屈そうな横顔を見せていた。母屋から随分離れたこの場所は、奇妙なくらい静かで風のさざめきと水辺の涼やかな音しか聞こえない。
「わぁ、びっくりした」
 ちっともびっくりしていなさそうな声色で、幼子は振り向いた。高く結い上げられた髪が揺れ、淑やかに肩へかかる。
「とんぼ、何か用?」
「名前を…覚えていて下さったのですか」
「とんぼってほら、似た名前のやつもいないから覚えてる」
 



















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