平和に行きましょう。
犯罪都市そのに
沙良にとってそれらは「偶然出会ってしまった不幸事」で、決して好奇心や興味がそそられるような物ではなかった。
「…蜻蛉」
「主殿、既にお屋形様に連絡しております。もう暫くの辛抱です」
「お願いだから、離れないで」
「御意の通り」
背中をあやされるのに合わせて、ゆっくりと息を吐く。心臓は相変わらず嫌な位激しく、見てしまった映像はこびり付いていた。血の臭いは知っている。もっと、無残に切れた肉の断面や切断された腕も、何度か目の当たりにして、ある程度の覚悟はあった。だが、そのどれも誰も死んで等いなかった。人死を直接見たのは、今回が初めてだったのだ。
蜻蛉は己の体に縋る主を片腕に閉じ込めて宥めながら、現場を見遣る。震える沙良は生憎なことに第1発見者で、現場からは離れられない。警察も事情聴取を取っているし、もしかしたら警察署に赴くことにもなるだろう。既に事の次第は彼女の祖父にも話してある。可愛くて仕方の無い孫娘が巻き込まれたらとなれば、きっと警察に話を通して解放してくれるだろう。
幸いにして、沙良と蜻蛉は既にその場での役目を終えている。自分達の潔白は明らかで、下手に動いて疑念を抱かせるのも面倒だった。それに沙良はショッキングな記憶を紛らわせることに一生懸命であったし、蜻蛉切もそんな主を宥めすかすことが第一で、その子どもがするりと猫のようにやってきたことに、一瞬気が付かなかった。
「ねぇねぇ、お兄さん達大丈夫?」
「…どこから来たかは知らぬが、坊よ、見ての通り彼女は気分を害している。今は御母堂の元に戻るといい」
「ごめんなさい…お姉さん、あんまり気分が悪そうだから、お水どうかなって思ったんだけど…」
「ありがたいが、気持ちだけ頂こう」
人畜無害な子どもだが、こちらを探るような目である。好奇心とも、猜疑心ともつかない詮索は決して気持ちがいいものではない。蜻蛉切は、自分のシャツが素肌に張り付いているのを感じた。きっとあの藍の瞳は赤くなっているだろう。家に帰れば、早々に氷水で冷やそうと心に決めた。その為にも、この子どもを元の場所に戻すべく、近くを通った捜査員に声をかける。
「そこの君、子どもがここまで入ってきている。早急に母親か、保護者の所まで頼む」
「えっ!?お、お兄さん、ぼく自分で…」
「駄目に決まっているだろう。ここは無関係の子どもがいるべきではない。悪戯心にでも入っていい場所と悪い場所をもっと考えるべきだ」
「流石、蜻蛉」
身の危険だったにも関わらず悠然と扇を広げる沙良さんと、刃物を持った闖入者をいつもの穏やかな顔のまま鮮やかに締め上げた本多さんは、傍から見れば超人的だった。いや、本当に一瞬で制圧終わっていて意味が分からない。
「……本多さんって強いんだね…」
「武功を立てるは武人の役目。当然の働きをしたまでです」
「うん。でもね、その人死ぬから気道は確保したげて」
「ですが主、この不届き者は」
「この後お前の好きな豆大福を食べたいんだけど。殺したら、私とお前の事情聴取とか時間掛かって、おもち固くなるんだよ」
「…は」
どうやら犯罪者の命は豆大福にすり変わったらしい。
「お姉さんは、一体何者なの」
「…調べるのが億劫になったの?」
「違うよ。調べ尽くしても、あなたのデータは国家機密だった」
「ふーん」
いくら言い募ろうが、沙良がコナンを見ることはない。徹底的に興味がない、というより、直視するのも堪えるような扱いだ。だがコナンとて、黒の組織の動きに合わせて活動する金谷沙良を見逃す訳には行かなかった。それは、時に組織を助け、時にコナンやその周囲を助けたが、あまりにも統一性がなく、彼女の意思にしてはあまりに不可解過ぎた。
「国家機密なら、調べちゃ駄目なの分かんないの?私がお前なんかに協力しなきゃいけない理由は?」
「国際的な犯罪組織を潰す為だよ。沙良さんが協力すれば、死なずに済む人達がたくさんいるかもしれない」
「私がするのは正義の味方でも犯罪組織との癒着でもない。必要な仕事だからこそ動くだけ。お前は、その必要の括りにはいない」
瞳が、弧を描いて笑う。
「死ぬべき者を死なす、救うべき者を救う」
「っ、死ぬべきとか生きるべきとか、決めるのはアンタじゃない!」
「そうだよ、運命が、時の流れがそのままに決まることだ。誰の手に委ねられるものではない。でも、歴史に決められたことを曲げることは許さない。例えそいつが稀代の極悪人だろうと、定められたその時までは殺させない。織田信長を本能寺で死なせるのと同じ。そして私は、お前たちには干渉しない。」
「なぁ、沙良」
「うん、どうしたの、おじいちゃん」
そわそわ、うずうずと座りながら落ち着きのない祖父を相手に、沙良は本多が煎れた茶をゆっくりと飲む。家の庭になっていた柿の木から、祖母の許可を得ていくつか摘んだ柿の葉がいくつかの工程を経て茶葉になり、お茶に仕立てあげられると、独特の酸味が癖になるような味わいが楽しめる。本丸でも何度か楽しんだ懐かしい味だ。
祖父の沙は、そんな茶を楽しむ沙良とは違ってどあ切り出そうか迷っている。沙良からすれば沙は穏やかな顔の優しくも妙に緊張味のないおじいちゃんだが、これでも若かりし頃から使える人脈と金をフル活用し、世界に誇る企業グループの頭領と化けた怪物のような男でもある。途中から、予想外に大きくなった立場に嫌気が差しながら、嫁に尻を引っぱたかれヒィヒィ仕事をしていたらしいが。
「あの、だよ?沙良は、へし部くんが好き?」
「長谷部?うん、好きだよ」
「それってどこが好きとか、具体的に言えるかい」
「おじいちゃん、恋バナならおばあちゃんも呼んでこようよ」
「駄目だよ、照れちゃう」
顔を隠して本気で照れ始める沙に、やはり沙良は茶を啜る。この祖父は軽い話をしておかないと、本題に入れないのだ。
「あのさ、今度沙良ちゃんにパーティに行ってきてほしいんだよ、おじいちゃんの代わりに」
「…うん、いいけど。あ、鈴木財閥の?」
「そーそー。でね、おじいちゃんもおじいちゃんでしょう?つまり、そろそろ引退とか周りに考えるよう言われてる立場でね…」
「寂しいの?」
「いや、正直肩の荷が降りてとても楽になりそう」
「なら良いね。それで、そこに長谷部と行くの?蜻蛉連れてってもいい?」
「今回はへし部くんがパートナーだから、蜻蛉くんは雪代ちゃんと留守番しててほしいな」
「ふーん」
「それでね、丁度そのパーティに僕の知り合いが大体揃ってるからさ、沙良ちゃんとへし部くんが婚約するってことで挨拶回りしてほしいなって」
「婚約?長谷部と?」
「…駄目?へし部くんとは結婚出来ない?」
「ううん、おじいちゃんとおばあちゃんみたいに仲良く暮らせる自信あるよ」
「そっか、なら良かった…。本当はね、おじいちゃんでも困るくらい厄介なお見合いが沙良にたくさん来ててね。へし部くんなら安心出来るし、誰も文句言えないから1番良かったんだよ」
沙から見ても、長谷部国重という男は優秀で、常に冷静な判断が出来る仕事が出来る「人間」だ。刀剣男士としてもやや価値観に難はあるが、主への忠臣ぶりや、必要とあらば汚れ仕事も心中はどうあれ片付けられる姿は申し分ない。なにより、長谷部国重として受肉した彼は、沙良のことが好きで好きで堪らないと公言する生粋の忠犬だった。たまに心配になるが、その過保護さはかえってドジ気味で弱い沙良をフォローしている形で、上手く噛み合っていて仲も悪くない。何より、ボディガードとしてそばに居る蜻蛉切とも相互理解が及んでいる。一度蜻蛉切に長谷部と沙良の婚約を仄めかしたが、婚約自体は大層喜んでいたようだったので問題はない。
「本当なら真雪くんだけど、真雪くんきちんと頑張ってるからねえ…。いや、あれだけ成功出来る器量があるから、本当なら継いでほしいんだけど」
「いや、じいちゃん…じいちゃんがビビる位でかくなったグループ引き継げる程器でかくないんだ…」
「お揃いだねえ。まぁ、へし部くんならいい感じに維持してくれるか、後腐れ無しに縮小してくれるだろうし」
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