平和に行きましょう。

日記


 その日、とある政府関係者のデスクに届けられたのは、妙にポップで懐かしいジャ○ニカ学習帳が数冊だった。整然かつ厳粛とした職場に似つかわしくないが、しかしこれはれっきとした機密情報が仔細記された重要書類であり、気分的には既に夏休みの日記を確認する小学校教諭だが手抜かりは許されていない。


7月15日 近侍 宗三左文字 備中国の沙隊
きょうは、朝から山ぶしといっしょにごはんを食べました。いつもは長谷■(粗い消し跡)部が運んでくれるけど、宗三がお願いしてくれて、ひさしぶりにみんなで食べました。おなすのおみそ汁が好きなのでうれしかったです。
ごはんの後は、山ぶしは山で山ごもり、まんばは川にせんたくに行きました。私も、宗三とまんばを手伝いました。手伝ってたら、川の遠くから何かが流されてきて、何かなと思ったら、刀でした。だれのだっけかなーと考えてたら、後ろからものすごい速さで走ってきた長谷部が、聞いたことのない声をあげて川に飛びこんでいきました。宗三が「あれはへし切長谷部の習性です。夏になると、自分がきった坊主のくようの為に、刀ごと川に流れて死者をいたむのですよ」と教えてくれました。まんばといっしょに「なるほど」と言って、せんたく物をほしました。長谷部は、お昼ごはんの時にわかめを持って帰ってきました。明日はわかめのおみそ汁になるそうです。でも、あおさとアサリのおみそ汁の方が美味しいと思います。
夜、粟田口のみんなと同じ部屋で寝ることにしました。トランプとか、UNOで夜ふかしはいつもはだめだけど、宗三がいいですよって言ってくれたので、ねむくなるまで遊びます。


7月21日 近侍 前田藤四郎 備中国の沙隊
きょうは、朝から手習いがありました。






































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