平和に行きましょう。
つまみぐい御手杵
「────!!っ〜〜〜!!」
「んえっ…変な声出た。御手杵、えっ、これどうしたの?蜻蛉がほっぽってるのめずらしいね」
「自業自得の輩に付ける慈悲はございません。こやつは、厨からまたつまみ食いをしようと性懲りも無く忍び込んだのです」
「うん…?今の時間だと、誰もいないしごはんもおやつもないのに?御手杵、何食べたの」
「ん〜〜!!ん、んん〜〜〜〜!!!」
「包み紙…、銀のやつ…キャラメル?」
「もう少し目を凝らしてご覧下さい」
「………コンソメ」
「んん───!!〜〜っ!」
「口にした以上粗末にすることは許さん。吐き出さずに飲み込め、御手杵」
「水とか持ってこようか?マシになるよ、きっと」
「っふふ、は…。分かりきってるでしょ」
小さな主は、その幼さに不釣り合いな笑みをうっそりと浮かべた。
「相手がされて、死ぬ程嫌なことをするんだよ。槍は先に殺したくなる位最っ高に厄介で、物凄く強いから」
御手杵の腕の中にすっぽりと収まるくらいの小さな子どもは、蜻蛉切がこと細かく世話を焼く、手間のかかるここの主だ。
御手杵がこの本丸にやってきた時には既に蜻蛉切がいて、小さな子どもの隣に傅き、殆ど一緒に過ごしていた。小さな子どもは子どもらしく、長谷部や歌仙らから教養を学びながら、ほかの刀剣男士らと混じって内番をしたり食事をとって生活していた。関わろうとしなければ、その子どもは案外隙のないスケジュールなので、会うタイミングが割となかったりする。それでも日々の出陣に不便はないし、刀装も常に金を寄越していた。怪我を負えば、その大小を問わずにすぐに手入れ部屋に放り込まれることもあった。
怪我は、最初の内は全く気付かないことが多かった。仲間に指摘されて、腹から赤い汁が垂れていることに気が付いて、それがようやく血だと知った。生臭い臭いにベタつく感触、そしてじんわりと熱を帯びた刺激を「痛み」と呼ぶ。重傷の時は目ん玉や腹が切り裂かれていて、それでも動きが鈍い程度の感覚だった時は、まだ物足りなかったというのににっかり青江の手により帰還、からの手入れ部屋直帰になった。子どもは御手杵のそんな有様を見ても、ちょっと眉根を顰めて不機嫌そうなしかめっ面をするだけで、特に叱ることも皮肉ることもしなかった。同じ槍の蜻蛉切相手には、随分子どもらしい声と顔をして我が儘を言うのに、だ。
「なぁ、あんた」
「…なぁに」
手伝い札を使わなければ、槍の手入れは他と比べてとりわけ長くなる。ついでに資材の大食らいだ。御手杵の刀身に打粉を打ち、布で拭う子どもは、一筋汗を流しながら真剣に手入れしていた。
「あんた、槍が好きなのか?」
「好きだよ。だって、他の刀は刀装を無視できないけど、お前と蜻蛉なら直接殺せる。ものすごく好き」
視線はないが、随分と熱い言葉を貰った。軽い気持ちだったが、好きだと2回言われるとは思わなかった御手杵は、ぽかんと口を開けた。
「…俺、まだ誉も取れてないぞ」
「練度が上がれば確実に取れるよ。蜻蛉がそうだった。他の皆…陸奥守や石切丸だって仕留めきれなかった敵をたった一撃で討ち果たすんだ。私は、御手杵のそれが見たい」
どうしようかな、と沙は思案する。体感では既に小1時間経った気分で、きっと誰かが自分の不在…異変に気付いてくれていると思いたい。
身動きは取れない。何か太い蔦のようなものに絡め取られているのは触感で分かるのだが、如何せんここが何処かは真っ暗闇で分からない。短刀程にないにせよ、人間だって夜目はきく。だが、この場所の真っ暗闇は光を吸い込むようで、目を開いていても輪郭を捉えることさえ出来やしない。声を上げても、シン…とまるで夜の雪降り積もる庭のように響く気配もない。光どころか音さえも吸い込まれてしまうと、非力な沙はすっかり諦め始めていた。
ここはきっと、東の離れの中だ。沙は母屋で生活するので、東西にぽつねんと置かれている離れは就任以来、案内で見たっきりほとんど訪れていない。だが、歌仙の余る荷物をどこかに纏めようと今日とうとう小夜や同派の和泉守が立ち上がり、沙も何となく手伝うことにして、東の離れを倉庫として扱う許可を出した。正直、また置くスペースを作ったことにより調子に乗るだろうと予想していたが、その時は容赦なく選別して売り払うまでだと沙は決めている。…それはともかく。
沙は、確かその歌仙の本や巻物を先立って離れに持っていったはずだった。そして離れの扉を開けた瞬間に、このよく分からないものに引き摺り込まれたのだ。
「…妖のたぐいかなぁ?」
独り言は虚しく吸い込まれたが、無音よりはまだ良かった。蔦のようなものは大人しく沙を包み、拘束している。鋼鉄のようにびくともしないそれに身体の方が折れると気付いてからは、無理に体を引き抜こうという気はまるっきり失せた。
「ん、んー…でも、どっかでなんか聞いたっけ」
蔦。妖。なんだっけ、と首を傾げながら思案する。確か、きれいな空気を好む大昔の植物で、人の世からはとっくに失われた生き物だった気がする。朧気なのは、今剣が昼寝間際のうつらうつらした時に聞かせてくれた話なので、むしろよく覚えていたなと沙は自分で驚いた。
ぱら、と何かの欠片が頭上よりふってきた。一緒に、一筋の光も降りてきて、眩しさに目を細める。
「待ってたよ、───」
何となく、これは奴の仕業だろうと思った。小さかった穴が、周りの壁が崩れて広がってはメリメリと埃が舞う。まるで殴り付けているようだ。いいや、殴り付けているのだろう。
沙の髪は元々黒髪だが、とある怪異を巡る事件の顛末により色素を失っている
「おうおう…すっかり白くなっちまったな」
「日本号、せめて声を掛けてから入室せんか!」
「声かけても入れる気のない奴の許可は必要ねぇな。なぁ、主」
「別にいいよ。でも、何しにきたのか教えて」
「いや何、何処の馬の骨とも知れない怪異ごときに手ぇ出されたあんたに分けてやろうと思ったのさ」
「何かくれるの?」
「毛の色が失せたんだろ。なら、俺の色を一つやろうとな。そんで全員から何かしら色をもらって混ぜたら、最終的に黒になって見た目は戻るだろ」
「……めっちゃ絵の具…」
「主、自分は賛成しかねます。失われたとはいえ、その白髪も貴方ご自身の持つ色。そこに我々の欠片を混ぜてはなりません」
「誤解を招く言い方は良くねぇな、蜻蛉切。そりゃ神隠しだの企む輩がやるって話だろ。俺はあの見事な黒髪の主が見たいってだけだ、邪な気を紛れさせるつもりなんざないさ」
「白は似合わない?」
「…………」
「似合わないなら、染めようかな」
「わぁ、蜻蛉から良い香りする」
「申し訳ございません、主…」
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