いちからはじまる
名付けた名前は降坂一。
漢数字でいちと書いてはじめだ。
あんなに関わりだか平穏だか望んでおいてこんな繋がりを臨むような名前を付けるだなんて我ながらどこまで馬鹿なんだとおもったわ。
まぁそれも・・・
「ままーー!!ばぁばにパトカーのぶぅぶもらったのー!!!」
「お母さん!!あんまりはじめを甘やかさないで!!」
と母に文句をつけながらもしっかりと手では愛しい息子を撫であげるような親バカなるくらいには最高に可愛いこの息子のせいだ
髪は私に似たのか癖のないまっすぐな黒髪に、綺麗な澄んだ空のような綺麗な青い瞳。
ちょっと垂れた目は笑うとへにゃっと目尻が下がる
「あぁもううちの子ほんとに可愛い!!!」
この子がいればなにも要らない!!
母親に冷たい視線を投げかけられても私気にしない!腕の中でパトカーのミニカーを幸せそう持って笑ってるはじめがいれば何の問題もないね!!
あれなら3年、あの人との接触は一切ないままはじめはすくすくと育っていった。両親の助けもあり特に支障もなく私は職場への復帰も果たした。父親だなんだと騒がれたくは無かったので。社長と店舗リーダーにだけ真実を伝え職場の人達には事故で重症をおったとだけ伝えて頂いていたらしく、戻ってきた私にやさしく労りの声を掛けてくれた。
そして、何よりも私が恵まれたのははじめの存在であった。
両親が助けてくれているとはいえ、はじめを育出てゆくにはそれなりの蓄えがいる、何時までも甘えている訳にもいかづ。私は事故と偽り育児休暇を取らず早めに職場へと戻っていった。
いくら母がはじめの面倒見てくれると言っても生まれたばかりの子と離れ離れになる時間が増えるのはとても不安であった私は、いつもハラハラしてはスキを見て母にはじめの様子を伺っていたそんな私に・・・
「いい子に寝てるわよ」
「お母さんが頑張ってるって言うとすぐ泣き止んでくれるのよ、お母さん思いのいい子に育つわ」
と言って、メールにお昼寝中の写真や玩具で遊んでいる写真を添付してくは送ってくれた。
そんなはじめの姿に何度も涙を流しながらも、そんな息子の小さくも逞しい姿に私はいつも背中を押して貰っていた。
かわりに土日はめいいっぱい甘やかしてあげよう。沢山あそんであげよう。
なにをしようか、はじめがもう少し大きくなったらキャッチボールと教えてみようかな。自転車の練習はいつから始めよう。
そう考えだけで、私は仕事中の不安や寂しさに耐える事ができたのだ。
職場リーダーにも「前まで不安そうに働いてたのに今は幸せそうね」なんて安心したように言われた
どうやら色々聞いて心配してくれていたらしい。
「本来ならうちの会社は育児休暇をちゃんととれるわ、大変な時は無理をしないで、ちゃんと休むのよ!」
そういえば、職場リーダーは既に二児の母だ、働きながらの子育ての大変さは身をもって知っているのだろう。
"ありがとうございます"
そう返す私に
これでも育児も仕事も貴方より先輩なんだから頼ってよね!
と笑って言って下さる人生の先輩に、私は本当に身の回りの人たちにどれだけ恵まれているのだと、己の幸せを再認識した。
はじめはとても順調に育った
好き嫌いもなくよく食べ、夜泣きも少なく良く寝てくれた。
寝がりや背這いも早く、気がつけばハイハイをして、あれよあれよという間に立てるようになっていたのだ。
そして
「ま、まー、まーーー!まーまーー!」
土曜日の夜、はじめのご飯を作っていた私の耳にとんでもない音が聞こえてきた
「はじめ、なんて言った??もう1回、もう1回言って!」
「まぁ!まぁーまー!!」
拙くてその時は実際その音を正確に出せているかすら曖昧だったが、確かにはじめはそう言った
「喋った、はじめが。私をママって・・・」
空色の瞳はまっすぐこちらを見つめていた。
「はじめ、はじめ。あぁ、本当に、本当に大好きよ。私の元へ生まれてきてくれて、ありがとう。
本当に、私を貴方のママにしてくれありがとう」
その日初めて、私ははじめの母親として認められた気がしたのだ。