04

 己の部下の手によって連れ戻されたミズキの血まみれの姿を見て、ヤシロは気が狂わんばかりの声でオルガンの鍵盤を拳で叩き喚きし散らした。
 殴られるか殺されるか、はたまた犯されるかと身構えたが、ミズキがわざとらしく甘えた声で「寝起きで混乱してた。許して」と訴えると、醜い笑みに顔を歪めたヤシロはいとも簡単に機嫌を直した。
 傷の処置を施されたミズキは、教会の中を一人で見て歩きたいとヤシロに頼み、海楼石の手錠をしたままの状態で1時間という条件の元、ヤシロの部下に見張られながら、とあるものを探して教会の中を歩き回った。
 しかし探し物は見つからず、焦りと悔しさで心の中に灰汁が滲むような気持ちのまま、床につくことを命じられて眠れぬまま夜を明かすこととなった。
 翌朝には傷の完治していたミズキに、またも感嘆の声を上げたヤシロは、上機嫌にオラショを口ずさみながら典礼の準備を進めていった。
「それにしても、“禁忌の子供”がこれほど美しいとは。聞きしに勝るこの美しさ、一体どれほどの者が欲しがるだろうか」
 禁忌の子供。その言葉にミズキは眉を顰める。しかしヤシロはそんな彼の様子に気付くことなく、下卑た笑いを隠すこともせず丁寧にミズキへ服を着せていく。すでに海楼石の首輪を嵌められていたミズキは、抵抗することもなくされるがままにしていた。
「ンフフフフ。ワノ国に伝わるといわれているジュウニヒトエに似せて作らせた服……ああ! 美しいあなたによく似合う!」
 何重にも重ねられていく衣がずっしりと肩に重く、ミズキの心もつられて重くなりそうだ。
「……ねぇ。おれは、何番目に出されるの」
 目隠しもほどこされ、最後に布轡を噛まされる直前、ミズキは小さくそう問うた。
「あなたの登場は今日のメインイベントです。会場が最高に盛り上がってから、」
「最初がいい」
 ミズキがそう言うには理由があった。
「おれも典礼の様子が見たい。でも、海楼石が嵌められてたんじゃ、最後まで意識が持たないだろうから……」
「生憎と、海楼石は外せないのです。暴れられては困りますからねぇ」
「外してなんて言わない。だから、お願い……っ」
 わずかに吐息を混ぜながらそう言ってやれば、ヤシロは大喜びでミズキの出品を最初にすると言った。
 我ながら寒気のする猿芝居だ、とミズキは反吐の出る思いだったが、そんなことは大した問題ではない。
 これから始まる典礼という狂った人身売買の場に、あの海賊が来ていることだけを一心に願った。





 ローはベポ、ペンギン、シャチを連れてエケレジアに来ていた。
 白昼堂々開催されるという典礼には、すでに多くの貴族や海賊とおぼしき人物たちが詰めかけている。教会の目の前に簡易ながら悪趣味な装飾のステージとテントが設置されており、皆出来るだけステージに近い場所を陣取ろうと、彼方此方で小さな小競り合いが起きていた。そのおかげか、ハートの海賊には誰一人として気付かないようだ。
 ロー達は異様な光景に気味の悪さすら感じながら、ステージから最も離れた場所に立った。
「なんか、異様な空間だな……」
 人間が人間を買うという底の暗い狂気にだれしもが興奮している空間で、いかにも居心地が悪いといった顔のペンギンが呟くと、シャチも静かに頷く。
 太陽が最も高く昇った頃、教会から突如パイプオルガンの音色が響いた。その場にいた者達が協会のバルコニーへ目をやる。
 典礼の参加者を満足げに見下ろし、不気味なメロディーを背に受けているでっぷりとした男が仰々しくお辞儀をし、まるで歌うような調子で挨拶を始めた。
「船長、あの男……」
「ああ。ヤシロだな。賞金首の海賊だ」
 帽子を深く被り直したペンギンにローが頷く。
「手配書よりもずいぶん太ってるような……」
 いつかに見た手配書の顔写真をぼんやりと思い出したシャチが首を捻った。
「胡散臭い商売で稼いでいいモンでも食ってんだろ」
 フン、と鼻を鳴らしたローは腕を組む。
 能書きのような長い前置きを漸く終えたヤシロが、それまでよりも声を張り上げ「本日の典礼にはとっておきの商品が出品されます」と歌うように言い放ったところで、ステージの幕がさっと開かれた。
 妖しく飾り立てられたステージの中心に、これまた悪趣味な椅子に座らされた人物が現れる。幾重にも重なる衣装を身に纏わされ、目も口も塞がれた上、首に回廊席の鎖をつけられたその姿はぐったりとしていた。
 晒された肌はごくわずかで、その容姿を確認するのは難しく、集まった人々は混乱を隠しきれていない。
「ミズキだ!」
 潜めた声で、しかし強くベポがステージの人物を指差す。
「キャプテン間違いないよ、昨日のあいつと匂いがおんなじだ!」
「そうか」
 頷き合ったローとベポとは違い、事情もわからぬまま連れてこられたペンギンとシャチは同じ方向へ首を傾げ、二人ともが持たされていたとんでもない重さの大きな鞄をこれまた同じタイミングで抱え直した。
「この者の落札は特別ルールで執り行います」
 いっそ気味の悪いほどににっこりと笑顔を浮かべたヤシロが身振り手振りで司会を続ける。
「皆様がこの場で支払う金額に応じ、この者の纏うものを一つずつ取り払っていくのです。そして生まれたままの姿になったとき、落札を開始いたします。ただし、支払いはすべて即金。現金でも、言い値に匹敵する財宝でも結構ですので、この場でお支払いください」
 一通りの説明を終えたヤシロに、群衆から「どんな姿かもわからない奴に金が払えるか!」と野次が飛ばされる。しかしそうなることも当然予想できていたかのように、ヤシロは余裕の笑みを湛え、胸の前で両の手の平を合わせた。
「“禁忌の子”を知っていますか? この国では鬼と人との間に生まれた異端をそう呼ぶのです。そしてその体の一部は貝や美しい石で出来ており、その姿はまさに生きた宝石と呼ばれるほど……ああ……美しい……」
 うっとりとその姿を思い出すように昇った太陽を見上げる姿に、ペンギンとシャチの背筋に寒気が走る。
「この者がどれほど美しいのか、一目だけでも見たいとは思いませんか? まずは五百万ベリーで轡を外しましょう」
 ヤシロがステージに最も近い場所を陣取っていた女性に指先を向けた。
「そこのご婦人、いかがいたしますか?」
 指名された女性の前に、ヤシロの部下が籠を持って立つ。女性は躊躇いがちに喉を鳴らすと、意を決して籠の中に札束をそっと入れた。
「ありがとうございます! では早速……さ、その者の轡を外しなさい」
 そう命じられた部下がミズキの背後に立ち、布轡の結び目を解く。布がはらりと床に落ち晒された口元は、海楼石で呼吸が苦しいのか半開きにされていた。
 瑞々しく艶めく珊瑚色の唇と、太陽の光によって七色の光沢を帯びる真珠の歯。そしてその隙間からちらりと覗く濡れた舌と乱れた吐息が、清廉な美しさと淫らさを併せ持っているようだ。
 見てはいけないものを見たような気分にさせられ、まさに禁忌の子という忌み名が似合うその姿に皆息を飲む。ペンギンとシャチも例外ではなく、時が止められたかのようにミズキにくぎ付けになった。しかしすぐにはっと我に返ったペンギンが顔をひきつらせてローに問う。
「……船長、まさかあれを落札する気じゃ、」
「ああ。そのまさかだ」
 心の中で「マジかよっ!」とツッコミを入れたペンギン。そんな彼のすぐ傍に立っていた男が場の静寂を破った。
「七百万ベリー払う! そいつの肌を見せろ……!」
 その一言を口火に、我が我がと幾人もが惜しみなく金を支払っていく。中には己の身に着けていた高価な指輪や宝石類を投げ打っている者もいる。
 正気だとは思えない光景でしかないが、この場にいる者にまともな思考を求めることこそが正気ではない気がして、ローは眩暈のする思いだった。
「ねぇキャプテン。海楼石がつけられてるってことは、やっぱり能力者なのかな」
「……さぁな」
 ローの目的はあくまで賞金首の心臓だ。ミズキが「心臓を奪うチャンスがある」と言っていたが、それがいつなのかは知らされていない。騙されている可能性も十分にある状況で、ミズキの真意を探るかのように、徐々に裸に剥かれていくその姿を鋭い眼光で睨むように見つめた。
 そして支払金額が一億ベリーに到達した頃、ミズキが身につけているものは目元を覆うシルクの布のみとなった。
「くそっ、もう手持ちが無ェ……!」
「どなたかあたくしの部屋にある金銀財宝を今すぐここへお持ちなさい!」
 悔しがる者、慌てる者、そのだれもがミズキを手に入れ、あの美しさを己の欲で穢す淫らな妄想に耽っている。そんな彼らが絶対にミズキを落札することができないと踏んでいるヤシロは、支払われた金を横目に恍惚とほくそ笑んだ。
「さぁ、彼の美しい瞳を露わにするのはどなたです? この目隠しがある以上、落札は始まりませんよ?」
 ヤシロの声には嘲笑すら含まれ、この場の参加者達は歯噛みする思いで「誰か自分の代わりに金を出してくれ」と祈った。
「おやおや、だれもお支払いできないのなら致し方ありません……彼のお披露目はここまでに、」
「二億ベリーだ」
 静かに、しかしはっきりとローが言い放つ。
 その声はミズキの耳にもしっかりと届き、それまでおとなしくされるがままに扱われていた彼は苦しさに乱れる息を飲み込むように口元を引き結んだ。

BACK