05

「はやくそいつの落札を始めろ」
 視界を遮られたミズキの鼓膜をローの声が揺らす。海楼石によって奪われていく気力を必死にその場にとどまらせ、全身の神経を研ぎ澄ませた。
「あ、あなた、わかっているのですか? はじめに説明したとおりこの場は即金がルールで、」
「シャチ」
 額に脂汗を滲ませ引き攣ったくちから吐き出されるヤシロの狼狽した言葉を遮り、ローはシャチを呼ぶ。ひと時困惑を見せたシャチだったが、すぐにローの意図することを察し、手に持たされていた大きな鞄を開き札束をヤシロの部下に投げつけた。
「どうした。さっさと目隠しを外せよ」
 バルコニーの手すりをせわしなく撫でるヤシロを、嘲るようにローが顎をしゃくる。
「それともこのオークションは単なるパフォーマンスか?」
 にたりと笑うローの言葉に会場内がざわめく。するとさらに慌てたヤシロが、そんなことは無いと強く否定した。
「だったら落札をはじめろ」
「し、しかし、この場のだれも、もう手持ちが無いのでは? それなのにオークションを続けたところで、」
「あの商品の即決額はいくらだ」
「そ、そうですねぇ。あれほどまでの美しさ、そして世にも珍しい禁忌の子であるなら五億ベリーはくだらないでしょう!」
「そうか。じゃあ払ってやるよ」
「なに!?」
 ローが足を一歩踏み出す。その存在感と威圧感に周りにいた人間は自然と道を開け、即座にステージまでの道が開けた。
 自分に向かって真っ直ぐに向かってくるコツコツという足音にミズキの意識は覚醒していく。未だ身体は言うことをきかないというのに、やけに頭だけが冴えて鳥肌が立つ思いだった。
 ついにローがステージの板を踏んだところで、ヤシロはその正体が“死の外科医”だと気付き叫ぶ。
「だれか! あの者を止めなさい!」
「もう遅ェよ」
 ペンギンとシャチが顔を互いの顔を見て頷くと、ヤシロの顔面目掛け勢いよく鞄を放り投げた。勢いで開いた鞄の口からあふれた紙幣がひらひらと大量に舞う。
「それはわたくしのものです! だれにも渡しはしません!」
 慌てるあまり、ついに仕組まれた金儲けであることを自ら白状したことにも気づかないヤシロをよそに、ローはミズキの目隠しをほどいた。細い鼻梁をするりと滑り落ちていった布の感覚にに身じろぎ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
 長い睫毛の下から現れた瞳は鋭い光を湛える黒曜石の様だった。
 こんな状況でも強い光を失わないそれがローだけを見つめる。ローの心がざわついた気がした。
 入れ墨の入ったたくましいローの手がミズキの腕を引き椅子から立ち上がらせたが、力の入っていないミズキはそのままローの胸へ倒れ込んだ。
「……ありがとう」
「なにを勘違いしてやがるかは知らねェが、お前を助けなくてもあいつの心臓くらい簡単に取れる。わざわざこんな面倒なことしてやったんだから感謝されるだけじゃ割に合わねェ」
「じゃあなんで来たんだよ」
 ミズキは薄く笑ってついに膝を折る。海楼石に触れないよう気をつけながら、ローは足元に散らばっていた適当な布切れをぐったりとしたミズキに巻き付け肩に担ぎ上げた。
 突然の展開に会場内はざわざわと忙しない。しかし誰かの一声でそのざわつきは一層大きなものとなる。
「おい……! あいつ、死の外科医じゃないか!?」
「よ、四億の賞金首、トラファルガー・ローだ!」
 富豪達は恐れおののき一斉に逃げ去っていく。残った海賊連中も、ローの出方を警戒してなにも出来ないまま少しずつステージから距離を取り始める。
「あなたが何者でも関係ありません! わたくしの宝を返しなさい!」
 贅肉に覆われた身体つきからはとても想像できないような金切り声で叫んだヤシロが、怒りで手元の手すりを破壊した。
「おいテメェ。こいつがテメェのだって証拠でもあるのか? だったらこいつの名前くらい知ってんだろうな」
 いい加減ヤシロの存在に苛立ちを覚え始めたローは、わざとヤシロを煽る。
「おれは知ってるぜ、こいつの名前を。……これがどういう意味だかわかるよな」
 それはただのはったりで、そこになんの真実もない。それでも、ローがミズキをよく知っていおり、ひいては深い仲なのではという想像をヤシロにさせるには十分だった。
「やめ、ろ……挑発すんな、」
 しかし実際に慌てていたのはヤシロよりもミズキで、自分を米俵のように担いでいるローの腰を叩いた。
「なんだ、やっぱりあの変態男のところに戻りたいとか言うんじゃねェだろうな」
「そうじゃなくて、あいつが“歌いだす”前に……」
「歌? 歌がどうした」
「いいから、おれの首のこれ、どうにかして……!」
「それは海楼石だろう。生憎だがおれには外せねェよ」
「これだから、能力者、は!」
「海楼石でそんな状態になってんなら、テメェも能力者なんだろ! 勝手にキレてんじゃねェ!」
「おれは能力者、じゃ、ない……クソ……計画がおじゃんになったら恨んでやる……」
 ぐったりとうなだれるミズキは霞がかる頭で、現在の状況奪回の方法を考える。頭をフル回転させればさせるほど、余計に意識が遠のいていくのがわかるが、なんとか気力で踏みとどまる。
「能力者じゃねェなら、なぜ海楼石でそんなにへばってやがる」
「っいま、は、そんな説明……し、てる、どころじゃ、」
「キィイイィィ!! 許さない、許さない許さない!!」
 限界を迎えたヤシロが突如絶叫した。はっとしたローがバルコニーを見上げたそのとき、ヤシロが大音量でオラショを歌い始めた。
 途端、ローの身体がぐらりと傾き、肩からミズキが転げ落ちた。地面に強く身体を打ち付け呻くミズキの視界の端で、ベポ達も頭を押さえて座り込んだり倒れこんだりしている。
「っ! なんだこれは……!」
 ヤシロの歌うオラショが盛り上がれば盛り上がるほど、ローは激しい眩暈に襲われ、とても立っていられないほどに視界が歪んだ。
「能力者か……」
「だから、言ったのに! ああもう、どうす……んだ、よ……」
 いまにも意識を失いそうなミズキがローを睨み上げる。
「悪かったな! 詫びにテメェの言うとおりにしてやる!」
 猛烈な吐き気に襲われたローは、半ば自棄になってミズキにそう叫んだ。
「……あいつの、服のポケットに、この首輪の、鍵が、」
「チッ……“ROOM”!」
 ローが能力を発動する。協会の敷地内を覆うようにサークルが張られる。
「“スキャン”……ベポ!」
 どうにか狙いをヤシロに定め鍵の在処を探し当てると、タクトを利用してベポの元へ鍵を降らせた。
「アイアイキャプテーン!!」
 モフモフとした両前足でそれをしっかりとキャッチしたベポ、ふらつきながらもミズキへ駆け寄り海楼石を外すことに成功した。

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