06
すっかり頭に血が昇っているヤシロは、ミズキの海楼石が外れたことはおろか、海楼石を外す鍵を奪われたことにさえ気付いていたなかった。怒りに身を任せオラショを歌い続ける。
ヤシロが歌えば歌うほど、その場にいる者たちの眩暈が激しくなっていく。それは生半可な気力だければ立っていられないようで、ついにはハートの海賊団以外の人間は皆その場に倒れ伏していた。
この眩暈の原因がヤシロの歌声であることがわかっているロー達は耳を塞ぐ。しかし手が自由にならなければオペオペの実の能力が使えず、ヤシロに攻撃をしかけることができない。
「ハ……ッ、ハ……ッ」
海楼石から解放されたミズキはゆっくりと息を整えながら、身体に巻き付けられただけの布の端を肩の部分で結ぶと、ステージの袖へと走り出した。
「あいつ……どうして普通に立っていられる……!」
平然と動いているミズキにローは違和感を覚え、その姿をじっと見やった。
ミズキは、競りにかけられる予定だった子供達をステージ袖から引っ張りだす。ヤシロの歌声によって気を失っている子供たちを、いささか荒っぽくに馬車の荷台に放り込んでいくと、大声でローを呼んだ。
「トラファルガー! あんたの手下、貸してくれ!」
「手下じゃない、クルーだ」
「ンなこといまはどうだっていい! 一瞬あいつの歌声を止めるから、その隙にシロクマ達でこの荷馬車引っ張って街まで下りろ!」
バン!! と乱暴に荷台の扉を叩きつけるように閉めたミズキがローに訴え、返事も待たぬままヤシロの元へと走った。
「勝手ぬかしやがって……っお前ら! 気合で立って、その荷馬車を街に捨ててこい!」
「はいっ!」
「すぐ戻ってきます!」
「いや、戻るなら船にしろ。ここで騒ぎが起きてる以上、海軍に見つかる可能性もゼロじゃない。潜水して隠れてろ」
「アイアイ!」
ふらふらと立ち上がったベポ、ペンギン、シャチは巨大な荷馬車へ駆け寄る。
ローが再びバルコニーへ視線を戻すと、教会の中からバルコニーへ駆け上がったらしいミズキは高く飛び上がり、青い炎に包まれた手でヤシロを脳天から地面へ叩きつけた。凄まじい音を立てバルコニーの床へめり込んだヤシロの身体へ、ミズキの炎が燃え広がる。
「いまのうちに! はやく!!」
ベポ達はミズキの言葉を号令に、馬が繋がれていない荷馬車を全力で引き走り出した。
炎に包まれたヤシロが熱さにのたうち回り巨体を暴れさせる。まだ本調子ではないミズキの身体から一瞬力が抜けると、青い炎が弱まり、振り上げた贅肉まみれの腕に細い体が吹き飛ばされた。
受け身も取れないまま、飛ばされた先のステージの足場にぶち当たり、力なく地面へ転がるミズキの身体。常人では生きていられないだろう勢いだったというのに、うめき声を上げるとすぐに目を開きヤシロを睨む。
「アア……! 熱い、熱い、あつ……くない!」
立ち上がったヤシロが顔を煤まみれにしながら怒りと痛みで目に涙を浮かべ、鼻水でも垂らさんばかりに全身を戦慄かせている。
「よくもやってくれましたね……!!」
またしてもオラショを歌い始めるヤシロの気配を察したローは素早く耳を塞いだ。
「っトラファルガー……、約束どおり、あいつの心臓を奪わせてやる」
血の滲む口元を拭ったミズキの両腕が再び青い炎に包まれる。
「待て」
倒れている見知らぬ海賊やヤシロの部下を踏みつけながら、裸足で走り出そうとしたミズキにローが静止をかけた。
「お前、能力者じゃないと言ったな。なら、その炎はなんだ。どうしてあの男の歌声に影響されない」
「…………」
「答えろ」
「……言っただろ、人間じゃないって」
「その額にある二つの角、そりゃ一体、」
「鬼だよ」
ローの眉がピクリと動く。
「この炎はただの鬼火だし、直接身体を傷つけられる攻撃じゃなければ影響されない。って言っても人間とのハーフだから、いろいろと半端でさ。鬼火は使えば使うほど体力を消耗する」
「だからさっき無様にぶん殴られやがったのか」
「うるさいな。いいよ、どうせ傷なんかすぐに治る」
「確かに、昨日あれだけ血まみれだったくせに今じゃ傷跡の一つも無ェ。自然治癒力も人間離れってことか」
「そういう、こと!」
もう話している時間も惜しいと言わんばかりにミズキは駆け出す。
自分のすぐ傍を走り抜けていったミズキの顔が、ローには泣きそうに歪んでいるように見えた。
ヤシロの歌声が鼓膜を揺らすと眩暈がしてしまうローは、ミズキがヤシロの動きを止めるまでは耳から手を離すことが出来ない。歯噛みする思いで男のくせに自分より随分と頼りない背中を見つめ、歌声が鳴り止むのを待った。
しかしヤシロも二度同じ手にかかるほど馬鹿では無いようで、自分の元へ飛び込んできたミズキの首を掴み捕えようとする。そのことにいち早く気が付いたローは眩暈を覚悟でROOMを展開し、シャンブルズでヤシロのすぐ近くへ移動すると、ヤシロよりも先にミズキを抱えた。
ノーガードのローの耳に、至近距離でヤシロの歌声が流れ込む。
「ぐ……ッ!」
気を失いそうな激しい頭痛を伴う眩暈にバランスを崩したローが、ヤシロの拳によってミズキごと跳ね除けられた。バルコニーにいたはずの二人は、弾き飛ばされた教会内の吹き抜けから一階へと落下する。
ローとミズキが落ちた先は祭壇で、それは無残にもあっけなく割れ壊れる。
祭壇の下に隠されていたのは、硝子の匣の中で眠る美しい修道女。それこそがミズキが探していたものだった。
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