「ん? 何これ」
ダイニングテーブルの上に無造作に広げられた雑誌はゴシップを嗅ぎ回ることで悪名高い出版社のものだった。こんな趣味の悪いものをわざわざ購入してくるような同居人ではないから大方、被害にあったんだろうなあと思いサッと目を走らせると二面に渡って同居人の写真が掲載されていた。
見出しには“ドラゴンストーム、夜のキョダイマックスか”と三流ゴシップ誌らしい煽り文句が付けられていて、内容は目も当てられないようなものだ。見た目の華やかさに反して、彼は誠実な人だというのに
よくもまあこんな嘘八百が書けるなあと記事を流し読んでいると背後から物音がして咄嗟に雑誌を閉じる。振り返った先にいたのは、写真と同一人物で悪い事をした訳でもないのに冷や汗が滲む。
「それ、読んだ?」
機嫌は、たぶんあんまり良くはない。当然だ。こんなゴシップを書き立てられてウンザリしてるに決まってる。
壁に寄りかかってこちらを見やるキバナは無表情で冷たい印象を受ける。そこそこの付き合いから無表情イコール怒っていると結びつけるほど短絡的ではないが迂闊な発言をして刺激するメリットもない。
「見たよ。また派手に書かれて大変だよね」
同情するよと言ってこの話はもうお終いにしてしまおうとしたが何故かキバナがそれを拒む。
「妬いた?」
「妬いてないよ。私は気にしてないから大丈夫」
「へぇ」
どこで機嫌を損ねたのかキバナの眉間にシワが寄っていく。これは間違いなく怒ってる。怒ってるのはわかるけど理由が全く分からない。
下手に謝っても火に油を注ぐだけだと困ってキバナを見つめると、彼はこちらへ来て例の雑誌を手に取った。そして目が笑ってない笑顔で先ほど私が見ていたページを開いて見せつけてくる。
「そう、身知らぬ女といてもオマエは気にならないのね」
「……えぇ?」
これは、もしやヤキモチを妬いてほしかったとかそういうこと何だろうか。戸惑いながらもどうにか言葉を選んでそういう意味ではないと伝える。
「あのね、キバナは万に一つもこういうことしないって信じてるからであって興味がないとかじゃなくて……」
「信じててもオレさまはヤダ」
ピシャリと言い捨てられて、そういえばそうだったと思い出す。ついこの前、同窓会で久しぶりに会った面々と遊びに行こうと約束したのだが予定が合わず私と男友達一人だけになってしまったのだ。キバナに了承を得たら問題ないだろうと思って聞けば、行かないで欲しいと言われ予定はやむなくキャンセルとなった。
キバナの名誉のために言っておくが、あくまで私が決めたことである。可愛い眉毛を下げた拗ね顔が母性本能をくすぐったというのが理由の九割だとしてもそれは事実だ。
「キバナのこと好きよ」
「オレさまも好き」
「ありがとう。……えっとね、好きとヤキモチ妬くかは私の中で別の問題で、好きの気持ちが弱いとかじゃないの。それは分かってくれる?」
「分かるけど、ヤキモチは妬いて欲しい」
どうやらキバナは私からの好きだけでは納得してくれないらしい。これは困ったことになったとウンウン唸ると、キバナもワガママを言っている自覚はあるらしく、せっかくイケメンの顔がぶちゃくなってしまっている。
「ごめん。でもオマエにも同じ気持ちを持って欲しいなって思ったんだ」
「うん」
「ヤキモチなんてダサいなって思うけど止めらんないの。嫌がられるって分かってても心臓がギュッとなって言わずにはいられなくて」
罪を告白する罪人のように苦しげに吐き出された本音は私の胸にグッサリと刺さった。それはもう見事な具合で、ダーツならど真ん中の五十点だ。
「キバナ!」
愛しさが溢れて抱きつくと躊躇いがちに背中に手が回る。普段なら手が届かないだろうと抱き上げてくれるのに、今日はかなり弱気になってしまっているようだ。
自分のせいでキバナがそうなってしまっているのかと思うと気分が良い。私はヤキモチを妬くどころではない性悪だったのかもしれない。
「ヤキモチの良さ分かっちゃったかも」
「……重くない?」
「重くない。だから、―――」
キバナとの距離を詰めるために長くて綺麗な首を引き寄せた。こちらを探るように揺れるアクアマリンの瞳をしっかりと見つめて囁く。
「こんな姿は一生、他の人には見せないでね」
大きく目が見開かれて褐色の肌に朱が差す。元気な了承の言葉とともに力いっぱい抱きしめられて私は笑った。こんな可愛い人を相手にヤキモチを妬かない方がどうかしている。
この時の彼が私に見えない所ほくそ笑んでいたことを知るのは結婚して随分経ってからのことだ。イケメンなだけではなく演技も随分と得意らしい。
すっかり騙されてしまった訳ではあるが、良い感情も悪い感情も全て自分のものにしてしまいたかったと話す彼の気持ちもよく分かったのでチュウ一回で許してあげた。