優しい幼馴染

「あー、じゃあ私はキバナが好きなのにしといて」
 仲の良い友人達と久々の食事会。何が食べたいかと聞かれて差し出されたメニューにサッと目を通してはみたが、こういう時に何を選べばいいのか分からなくて答えに詰まる。
 そうして、ふと隣を見れば視線が合ったキバナが愛想良く笑ってくれる。その笑顔に安心してつい気が緩んでしまって気づけばいつもの口癖が出てしまっていた。
 やばいと思って口を押さえてももう遅い。向かいの席に座っていたルリナのつり目がさらに吊り上がっている。
「アナタ、いっつもキバナに任せてばっかりじゃない! 自分の意思はないの?」
「あはは……うん、ちゃんと選びます」
 ルリナはチャレンジャー時代からの長い付き合いだけれど、昔から私のこういうところが嫌いで何度も怒られてきた。
 流されやす過ぎて良くないのは自覚しているので、彼女の前ではどうにか取り繕っているけれど時々ボロが出る。というより普段の染み付いた癖のせいだろう。
 再びメニューを見るが、どれも小洒落た料理でよく分からない。困ってしまって壁に立てかけられた黒板にある本日のオススメから探そうと試みるけれど、視力がそれほど良くない私には書かれている文字が読めなくてただの睨めっこになってしまう。
「えーっと……?」
「ホタテのアンチョビとジェノヴァソース」
 見えてないことに気づいたキバナが耳元でそっと料理を教えてくれる。ナイスアシストだ。
 今度こそ自信満々に注文を告げたが、その様子はしっかりルリナ様の目に入っていたようで額に青筋が張る。
「アンタねえ!」
「ひっ、ごめんなさーい!」
 特大の雷がドカンと落ちた。メニューひとつ決めるくらいでそんなに怒らなくてもと思わないこともないが、ルリナは私のためを思って言ってくれているのだから無下にもできない。大人しく嵐が過ぎるのを待つしかないのだ。
 シュンと肩を落としている私を憐れに思ったのか、キバナが間に入ってくる。
「まあまあ久しぶりの集まりなんだしそのくらいで、な?」
「大体キバナもこの子を甘やかしすぎなのよ! だからいつまで経っても幼馴染にべったりなんじゃない!」
 キバナと私はお互いの両親が古くから友人で、いわゆる幼馴染ってやつだ。物心ついた時から一緒にいて、ジムチャレンジも同時に、さらには就職だってキバナと同じナックルだ。
 別にキバナ好き好き大好き一生離れないという訳でもないのだ。普通に幼馴染としては好きだけど、それ以上の感情は持っていない。
 なら何でキバナの後を追いかけ回すのかというと純粋に彼の判断を信じているからだ。私よりずっとずっと賢いキバナが決めたことならきっと最善だ。それは自信を持って言える。
 さすがに私だってキバナが嫌がってるなら自立しようという気にもなるが、優しくて面倒見が良い彼は不満ひとつ漏らさずに私の分まで決断してくれる。私の人生の半分くらいはキバナの意思によるものと言っても過言ではないだろう。
「オレさまは別に構わないぜ。コイツといるの楽しいし」
「さすがキバナ様! 一生ついて行くぅ!」
「おう、任せときな」
 先ほど一生離れない訳ではないと思ったことはケロッと忘れて調子良くキバナに抱きついた。いい年頃の男女とはいえ、キバナはもはや兄妹みたいなものだ。キバナもさして気にした風もなく、冗談めかしてよしよしと頭を撫でてくる。
「あーあ、ワタシ知らないわよ」
 ルリナの呆れた声は私の耳を右から左へ通り過ぎていった。

 それから性懲りも無くキバナにおんぶに抱っこで過ごしていた訳だが、唐突にルリナから連絡が来た。メッセージの内容を見て思わずゲっと品のない声が出る。
『来週の日曜日に合コンするから予定がなかったら参加すること。逃げたら承知しないからね!』
 まさかの拒否権なしである。合コンなんてそんな七面倒くさいことなんで私がしなければいけないのだ。うんうんと唸りながらどうにか躱せないかと頭を悩ませるが、バレた時のルリナの反応が恐ろしくて用事をでっち上げる勇気は出なかった。
 重いため息をついてルリナへ了承の返事を返し、今度はキバナへ連絡を取る。まさかキバナ同伴で合コンに行くわけにもいかないが、服装を選んでもらうくらいはセーフだろう。いや、出来る事なら連れて行きたいけど
 詳細を打ち込むのが面倒でお願いしたいことがあると送るとちょうど非番だったのか今から向かうと返信が来た。
 気が重くなりながらも手持ちの服の中で質の良いものを引っ張り出していく。まあセンスのあるキバナに任せておけば場違いな格好にはならずに済むだろう。
 十数分ほどで来てくれたキバナにお礼を言い、さっそく本題に入った。場合によっては買いに出なくてはいけないから時間はあまりない。ルリナは私に逃げられたくなかったのだろうが、あまりにも急すぎだ。
「でね、キバナには私の勝負服を選んでもらいたくて」
「ふーん、合コンね……」
 キバナは詳細を聞くとつまらなさそうに腕組みをした。理由はよく分からないが、今日は機嫌が悪いらしい。
 運が悪いなあと思いながらも私には他に頼れる相手もいないのでキバナにお願いするしかない。
「しょうもない用事でごめんね。でも、ほらキバナいつも服の趣味がいいし」
 どうにかおだててみようとするも冷ややかな視線が注がれるばかりだ。胃をキリキリと痛めながらこんなことなら話を振ってきたルリナにどうにかしてもらうべきだったかと早くも後悔し始める。
「付き合いで行くなら合コンなんてやめた方がいいと思うけど」
「えっと、その、事情がありまして。参加せざる負えないというか」
「何、彼氏が欲しかったの? 合コンで出会うやつなんてロクなもんじゃねえよ。やめとけ」
「ああ、うん、いやあ……」
 またルリナに無理やり決められたというのはあまりにも情けなさすぎて誤魔化そうとしたのが運の尽きだ。恐い顔をしたキバナは合コン自体をやめろと迫ってくる。
 普段が温厚な人を怒らせるとおそろしいとよく言うけれど、全くその通りだ。ルリナに負けず劣らずの迫力で私は数歩後ろへ下がった。
「オレさまの言うことが聞けねえの?」
「そういう訳じゃないんですけど、たまには自分でも決めてみたいというか……?」
「へえ」
 目を眇めたキバナが長い腕をドンと私の横についた。焦っていて気がつかなかったが、いつの間にか壁際まで追い詰められていた。
 格好だけで言うのなら壁ドンという心躍るシチュエーションだが、やられている私からしたらおそろしくて仕方がない。キバナの身長から見下ろされるとまるで捕まった獲物のようで、先行きの悪さに怯えているしかない。
「オマエも言うようになったな」
「あー、ありがとうございます?」
 よく分からずにそう答えると別に褒めてないとピシャリと返された。手厳しい。
 キバナは腰を折ると高い位置にあった麗しい顔を私に近づけてきて、それに合わせて私はズルズルと下がっていく。美人の無表情は怖いんだ。
 小さな足掻きもすぐに終わりを告げペタリと座り込んだ私にキバナは止まることなく寄ってくる。ピントが合わないほどの近距離にさすがに緊張して息を飲む私にキバナは囁く。
「オマエが誰のものなのかしっかり教えてやるよ」
 反論の言葉は物理的に遮断されて、私は初めてキバナの優しさには裏があったのだと知った。