日付が変わって少し過ぎたくらいに明日の仕事へ備えてベッドの中へ潜り込んだ。そうして目を閉じて幾分もしないうちにひとつチャイムの音が響いた。
寝入ろうとしたところを邪魔されてしばしばする目でスマホの画面を確認するが何も入っていない。こんな夜更けに連絡もなしに訪ねてくる非常識な知り合いなどいない。おそらく部屋を間違えたのだろうとそのままスルーしてしまおうと再び目を閉じるが、チャイムは二度三度と鳴り止まない。それどころか相手は私の反応のなさに焦れたようでどんどん間隔が狭くなっていく。これでは近所迷惑だと、さすがに私も起き上がって寝巻きの上からカーディガンを羽織る。危ない輩ではないかと不安になる気持ちはほんの少しもなかった。答えは簡単で訪ねてきた人物に大体予想が着いていたからだ。
覗き穴から覗くと思った通りの人の姿が見えて思わずため息がもれる。私は元来面倒臭がりなタチで、こんなはた迷惑なことをする人と関わり合いにはならない。しかしそれは正常な状態で、理性がしっかりあるという時に限られる。つまり酔っ払った状態ならば心当たりなどありすぎる。これ以上騒がれてはたまらないと玄関のドアを開けると千鳥足になった私の彼氏様が中へ入ってきた。
「キミのタンポポちゃんだぜ!」
何がタンポポだ。おととい来やがれ。と叫ばなかった私は褒められるべきである。どれほど飲んだのか酒臭い息を吐きながらケラケラ笑う姿はタンポポの愛らしさからは程遠い。そもそもガタイが良くてヒゲを生やした成人男性が花を自称するなど図々しいのだ。もっとタンポポに歩み寄る努力を見せろ。
「ダンデくん、夜中は迷惑だからやめてって言ったよね?」
「だって、キミに会いたくなって」
はい、出ました。胸キュンワードを言ってなし崩し的に許されよう作戦。いくら顔面が良いからと言って、そんな使い古したネタではもう騙されない。これで許されるのは付き合って一年くらいだ。いや、一年半くらいは許してたかな。あー、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく私はうわべだけの言葉に乗せられるほど甘くない。
「その心は?」
「キバナが彼女に胸まくらしてもらったって自慢するんだ!オレもしたい!」
私の合いの手に元気に挙手して答えてくれた彼氏様はキラキラと期待の眼差しで私を見てくる。
ほれ見ろ。やはりロクでもない用件ではないか。とりあえず次にキバナと会ったら彼女にチクるぞと言って脅しておこうと思いながら私の胸を目掛けてタックルしてくるゴリランダーのような生き物をスっとかわした。その勢いのままに床にゴツンとぶつかった様を見れたので先ほどうっかりちょこっとトキめいてしまった分は回収できた。はー、スッキリした。
床と熱いキッスを交わしながらべそべそと泣き言を言うダンデくんを見ていると、この騒ぎで目が覚めてしまった同居人のヒトミさんがのっそのっそと私の隣へ来た。
「ヒトミさん、GO」
私の一言にヒトミさんは勢いよくダンデくんへ飛びかかった。野太い悲鳴が上がるのを聞きながら欠伸をしてベッドへと戻る。
ヒトミさんはキテルグマである。ダンデくんへと襲いかかったのは別に私のセコムだからという訳ではない。純粋にダンデくんが好きなのだ。ヒトミさんは度々人外なところを見せるダンデくんを同族だと思っている節があり、その愛情表現には遠慮がない。普通なら鯖折りにされて即死だが、それに耐えきるダンデくんはまあ人ではないのは確かかもしれない。
すっかり静かな夜に戻ったことに満足して私はようやく寝入ることができた。
これは余談だが、ダンデくんは泥酔した後のことはすっかり忘れるタイプである。後日キバナが自身の恋人に拝み倒して胸まくらをしてもらったと聞いて、特殊な趣味だなと苦笑いを零していた。私がドン引きだわと言ったのに、同意したダンデくんは特大ブーメランになっていたことには全く気づいていない。オマエのことだぞと思いながら私は珈琲を啜った。
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「キミはオレに対して手厳しすぎないか」
そう文句を垂れたのは現在、私が住むアパートの狭い狭い玄関で正座をしている自称タンポポちゃんである。ちなみにパンイチだ。
何故こんなにカッコ悪いことをしているかと言うと、また例のごとく酔っ払いながら私の家を訪ねてきたからだ。しかも今日は道中で迷ったらしくどこかの水溜まりにでも突っ込んだのか泥まみれだったのでとりあえず服を脱がせて洗濯機に入れた。そのままシャワーを貸してあげようと思ったが、服をぬがせた時にキャーエッチと叫びながら立派な雄っぱいを抑えたのが妙にイラッときたのでやめた。私が泥をつけたままのダンデくんを部屋へ上げるはずがなく、めでたく彼の今日の寝床は玄関となったわけだ。
それでもめげないダンデくんはそのイケボでいいだろと壁ドンを仕掛けてきた。繰り返すがこの男、パンイチである。カッコ悪いことこの上ない。本人は酔っ払っているため気にならないのかキメ顔で迫ってくるがとてもカオスだ。あと汚い手で壁に触れるな汚れる。
私は高らかな声でキテルグマのヒトミさんを呼んだ。友人の窮地に颯爽と駆けつけたヒトミさんを見てダンデくんはサッと私から離れた。私の隣に立つヒトミさんをチラチラ見るダンデくんは最近ヒトミさんからのハグを以上に怖がる。それもそのはず彼女はパワーアップしてしまったのだ。主にダンデくんのせいで。
酔っていなくてもデリカシーのないダンデくんとのデートはロマンチックの概念を知っているかと疑いたくなる。良いところに連れていくから期待していてくれと上機嫌で連絡してきたので、オシャレして待っていれば行先はワイルドエリア。大自然の中で真っ白なフレアスカートはとてもよく浮いた。かろうじて同行したヒトミさんはとても楽しそうだったので良しとしたが、そうじゃなかったらちょっと一発腹パン入れさせて欲しい。あ、もちろん代理のヒトミさんにお願いするよ。そんなこんなで初めてのワイルドエリアを駆け回ったヒトミさんは何故かめちゃくちゃ強くなっていた。まだ試していないが今のヒトミさんにかかればダンデくんの背骨も敵ではない。
そんなこんなでヒトミさんを警戒するダンデくんに私はとてもいい笑顔で正座と言い放ったのだ。
大口を叩いた割には私の顔色を伺っているのでどうぞと先を促すとダンデくんは意気揚々と話し始めた。
こんなに可愛いのになぜ許してくれないんだと。可愛いを自称してしまう潔の良さに免じて鼻で笑うのは許してやったが、相変わらずの謎思考である。あれだけバトルで吠えて獰猛な様を見せているにも関わらず自分のことを可愛いと思っているとは知らなかった。だから許せと訴えてくるお目目は大きく下まつげもバッサバッサだ。必死で育毛剤を塗りながらまつげを伸ばしている私に対しての嫌味かな。か、かわ、可愛くない。可愛いとは私は思わない。そうなんだ。
反応が芳しくないことに気づいたダンデくんは慌てて【オレは可愛いんだぜプレゼンテーション】をし始める。何を話すのかと思えば、頭の上のぴょこぴょこしたアホ毛が可愛いだとか、変な形のおヒゲが可愛だとか、方向音痴が可愛いだとかだ。変な形って言われているのはいいかと思ったのと、あと最後のは全くもって可愛いレベルじゃない。毎月捜索願いを出される迷子が可愛いなどと言えるのはダンデくんを探したことのないヤツだけだ。
「それ、誰に言われたの?」
「ファンの子たちだぜ!」
うん、そりゃあまあファンはそういうだろう。たとえ白いものでもダンデくんが黒と言ったら黒なのだ。彼女たちはそういう概念で生きている。
全く当てにならない情報元に私がノーと答えればダンデくんはまた肩を落とした。そして拗ねてしまったのか玄関で身を丸めて寝っ転がってしまう。その様子にピンときた。またダンデくんは私にロクでもないお願いをするつもりだったのだ。内容への興味と面倒くさいの気持ちで揺れる。するとふて寝したはずのダンデくんがもごもごと口を開いた。
「オレだって、オレだって………」
コイツ、自分から語り始める気だ。そう気づいた私はすぐに退散しようとしたが、足首をガっと掴まれ逃げられなくされる。酔っているくせに抜け目がない。
「キミとおっパブごっこがしたいんだ!」
「は?」
真面目に何を言っているのか意味がわからなくてドスの聞いた声が出た。しかし一度、欲望を口に出したダンデくんの暴走は止まらない。べそべそ泣き落としながらオレにおっパブごっこをするメリットを語り始めた。
「ハグするとストレス軽減効果があるというだろう?三分の一になるんだ。三分の一でも十分に効果はあるが三分の二は残るんだ。しかしおっぱいは違う!ストレス軽減効果は十割なんだ!お得だろう!」
とんでもない暴論を聞かせれ、私は理解することを諦めた。そんな話聞いたことがない。どうせまたロクでもないところからの情報なのだろう。誰から聞いたのだと問うとダンデくんは元気よく答えた。
「キバナだぜ!キバナは賢いからオレの知らないこともたくさん知っているんだ!」
まさかのナックルユニバーシティ首席卒業にして伝統あるナックルジムを統括するドラゴンストーム様からであった。まあキバナが言うのなら信じたくなる気持ちもわかるが、彼は秀才である以前におっぱい星人なのだ。おっぱいに関することについての信憑性はダンデくんが自力で目的地にたどり着くことよりも薄い。
しかしガラルの二大巨頭とでも言うべき二人が揃いも揃って煩悩で頭がいっぱいだったとは嘆かわしい自体だ。統括するローズ委員長にはぜひとも頑張っていただきたい。いや、そういえば委員長の秘書がナイスバディな女性だったような?………ガラルの上層部大丈夫かな?
私がガラルの未来を心配している間も煩悩まみれのダンデくんはお目目をパチパチさせながら期待に満ちた眼差しで私を見てくる。お菓子をねだる子供のような無邪気さだがお願いは可愛くない。
「うん、初めて知った」
「なら!」
「私のじゃなくてもダンデくんも立派なのがあるでしょ?」
鍛えすぎてパンパンに膨らんだダンデくんの胸筋を指さす。その辺の女の子たちに負けないくらいのボリューム感だ。柔らかいかは知らないけど
酔っ払ったせいでIQが下がったダンデくんが自分の胸に手を当てたのを後目に私はとっとと退散することにした。今日も今日とてバカバカしいやり取りであったが、とりあえず明日からキバナのあだ名はおっぱいストームである。
自分の胸を揉んでも楽しくないと気づいたダンデくんが私のベッドに忍び込んでくるまであと三分―――