チャンピオンの求愛行動とその危険性についての報告書

幼馴染の悪癖について聞いてほしい。
私はしがない一般市民で、その幼馴染というのはポケモンリーグチャンピオンのダンデである。元の生まれ故郷は同じハロンタウンではあるが、現在の私たちの立場は大きく異なる。本来なら言葉を交わすこともできないが、ダンデの気まぐれにより現在も交友関係は続いている。ダンデは意外にも連絡不精ではないようで、数日に一度は連絡をくれる。内容はやれキバナとのバトルがどうとか、今日孵化させたタマゴがどうとか言ったもので、ダンデの話は10割がポケモンとバトルで占められている。
では、私がリーグファンなのかと言うとそんなことはない。たまたまテレビをつけてやっていたら見るという程度だ。だから話の内容はちんぷんかんぷんなのだが、あんまりにもダンデが楽しそうに話すのでうんうん良かったねと聞き役につとめている。
気分は幼稚園から帰ってきた子どもの話を聞くお母さんだ。ダンデは図体こそデカくなったが、純粋培養の素直な子である。良く言えば、すれていない。悪く言えば、感性がおこちゃまということだ。冒頭にいった悪癖というのも、ダンデのこういう性格に起因しているのだと思う。
ここはひとつ、私がダンデの悪癖の被害にあった時の話をしよう。それは休日にキャンプへ出かけた時のことだ。ダンデの強い希望により私たちはワイルドエリアの、それも高レベルのポケモンが出る辺りへやってきた。ふたりで手を繋いで、だ。傍から見るとデートのように見えなくもないが、そんな甘ったるい理由は皆無である。私はダンデとはぐれてしまえば、野生のポケモン達に襲われても成すすべがない。こっちは命を守るためにも必死なのだ。
ダンデはダンデで私がいなければお得意の方向音痴で遭難するのだろうが、そんなことは彼にとって日常茶飯事である。人間とは慣れる生き物で、遭難慣れしたダンデは救助が来るまで生き延びる術を身につけてしまった。という訳で、ダンデに危機感は全くない。目移りしたものへとまっしぐらだ。私は毎度毎度、ダンデの腕という名の命綱を手放さないように死ぬ気でしがみついている。何度ワイルドエリアに来てもこの恐怖感は慣れないし、慣れたくもない。
私がもう限界と根をあげる頃にようやくお昼になりキャンプを立てる。お昼は定番のカレーなのだが、ここでもひとつ問題が発生する。それはダンデに料理を手伝わせてはいけないということだ。ダンデは何と言うか………炭を作るのが上手い。カレーを作っていたはずがいつの間にか綺麗な炭になっている。ある意味、天才だ。だが本人にはその自覚がないため、率先して料理をしたがる。困ったものだ。私は炭を食用とはしていないので、毎回どうにか理由をこじつけてダンデを遠ざけるのに苦労している。
とまあ、そんな些細なことはどうでもいいのだ。ここからが本番だ。ダンデは食後に腹ごなしの運動がてらにバトルをしたがる。現チャンピオンのお相手なんて私には荷が重いことこの上ないのに何故か執拗に誘ってくる。ダンデはとても頑固なので一度言い出したら、首を縦に振るまで決して離さない。私は諦めてバトルを受け入れ、ダンデにコテンパンにのされるという訳だ。ダンデの辞書に手加減という言葉はない。全力全開、満面の笑みでボッコボッコにする。秒速であっという間に負けてしまった。圧倒的なレベル差の中がんばってくれた手持ち達を労いモンスターボールへと戻そうとし、私は今日も今日とて飛んできた物体に頭を強く打って意識が飛んだ。
その場にいたのは私と、ダンデと、そのポケモン達だ。
もう犯人はお分かりだろう。

そう、このダンデという男はバトルでボッコボッコにした相手にモンスターボールを豪速球で投げつけるというとんでもない悪癖を持っているのだ。

チャンピオンという立場にいる人間にあるまじき卑劣な行動だが、ダンデは悪気があってやっている訳ではない。初っ端にボールをぶつけられてタンコブを作った時に、私はダンデに向かってキレた。その頃は私も幼かったのでいろいろと口汚い文句をたくさん言ってしまったと思う。ダンデは私の話を聞き、キョトンとして言い放ったのだ。
『なぜキミはボールに入らないんだ?』
この一言で私は全てを察した。コイツは私をその辺のポケモンと同様に捕まえようとしていたのだと
人間がモンスターボールで捕まえられないなんて、そんなもの習わなくたってわかるだろう。そもそも友達を捕まえようとするなと言いたいところだが、ダンデはバトルセンスと顔面偏差値以外の全てを母親のお腹の中に置いてきてしまったらしい。私は懇切丁寧にモンスターボールにヒトは入らないのだと説明した。ダンデは頭の上にたくさんのハテナマークを並べたのちに、分かったぜと返事をした。うん、絶対に分かってない。そして実際にダンデは全く分かっておらず、その後も被害を受け続けた。
さすがにそんなことを続けていれば誰かが止めてくれるだろうと思っていた私はとても見通しが甘かった。このダンデの悪癖は何故か親しい人のみに発動するらしい。
その辺の野良バトルではボッコボッコにするところまでは一緒だが、バトルが終わってもモンスターボールを取り出すことなく握手を交わしていた。何だ、普通にできるんじゃないか。相手の子はあまりの容赦のなさに涙目だが追い打ちをかけられないだけまだマシだろう。手を離すと逃げるように去っていく子を見送ると、ダンデがまだまだ物足りないとバトルを持ちかけた。私はさっきまでの様子から大丈夫だと判断し、またタンコブを増やしたという訳だ。もう私はダンデから逃げても許されると思う。そろそろこの無邪気な悪魔から助けてほしい。
何だかんだ言いつつ、ダンデは大切な幼馴染なのでタンコブがいくつ増えようとも私は縁を切ることができなかった。そうなれば、どうにかダンデに悪癖を直してもらうしかない。しかし私が言って聞かせたところでまたあの分かってない、分かったぜが返ってくるだけだ。生産性のない会話を繰り返すつもりは毛頭なかった。
そこで私と同じくダンデから被害をこうむっていそうな人物に相談することにした。ジムリーダーのキバナさんだ。キバナさんはダンデと同じく雲の上の存在なのだが私が声をかけるとすぐに応じてくれた。ちまたでファンサの神と言われるだけある親身さで私の話を聞いてくれると、あーと言いながら同情するような目を向けた。
「うん。オレさまもモンスターボール投げられたことあるわ」
「本当ですか!?」
私とキバナさんはダンデの被害者仲間という共通点で大いに盛り上がった。あの腕力で投げられたボールは凶器に足り得る。ダンデがうっかり殺ってしまう前に、どうにかすべきだという私の主張にキバナさんは大きく頷いてくれた。
「危ないからと言っても聞いてくれなくて困ってるんです」
「それな。オレさまも何回もやめろって言ってんのに分かったぜって言ってまたやるんだよなあ」
ふたりで散々ダンデの悪口を吐き出した後に、キバナさんは私に秘策を伝授してくれた。いわく、キバナさんはその方法でダンデの悪癖をやめさせることに成功したという。これは大いに期待できると、私はさっそくダンデに連絡をとることにした。次の休日にバトルがしたいからお願いできないかとメッセージを送る。わずか数十秒ほどで返ってきた返信は了承の意と日付の指定が書かれていた。
決戦の日は一週間後だ。

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「キミからバトルがしたいと誘ってくれたのは初めてだな!嬉しいぜ!」
待ち合わせ場所に現れたダンデはとてもご機嫌で人畜無害な笑顔だ。早くバトルしようと訴えかける目をスルーしてまずは話をとバトルコートの隅に置かれたベンチへと促した。
「ダンデにちょっと聞きたいことがあるの」
「ん?何だ?」
キバナさんが言っていた秘策というのは、ダンデがなぜ私たちを捕まえたかったのかという理由を踏まえたものだった。ダンデの悪癖が人によって出ないことを知ったキバナさんは直接、ダンデに問いかけたのだ。なぜ自分を捕まえたいのかと、そしてダンデはこう答えた。
『キミとずっとバトルがしていたいんだ。手持ちになれば、オレが手放さない限り一生バトルできるだろう?』
正直、思考がぶっ飛びすぎててよく分からない。バトルしたいから手持ちにする?どこの世界にそんな人がいるんだ。だが、ダンデの言葉通りに受け取るとすれば一生バトルし続けられる確約が欲しいということだろう。キバナさんはそのことをすぐ理解するとダンデを宥めにかかった。
『オレさまも同じ気持ちだぜ』
『そうか!なら―――』
『だがな。オレさまがオマエの手持ちになったら懐いちまってバトル出来なくなるぜ?』
その話を聞いた時はキバナさんも何の話をしているのだと思ったが、これでダンデは納得してくれたらしい。さすが長年ライバルをしてきただけある。幼馴染の私以上にダンデを理解している。私はその作戦を丸パクリさせてもらうことにしたのだ。
「ねえ、ダンデは私とずっとバトルしたいんだよね?」
チャンピオンに言うにはちょっと、いやかなり恥ずかしいセリフだがこの際それはどうでもいい。自惚れた発言だろうが何だろうが、ダンデが私に執着しているというのは紛れもない事実なのだ。
「そうだぜ!」
ダンデはニコニコとしながら大きく頷いてくれた。人からの好意というのは、どんな状況であれ嬉しいものだ。少しこそばゆい気持ちになりながら本題を告げる。
「ありがとう。私もダンデとバトルできるの嬉しいよ。だから、モンスターボールで私を捕まえようとするのやめてほしいの」
「なぜだ?」
「それは、その、ダンデに捕まえられたら懐いちゃうから……」
自分で言っていて懐くという言葉に照れてしまって尻すぼみになっていく。キバナさんはよく恥ずかしげもなく懐くなんていえたものだ。いい大人にはなかなかハードルが高いセリフである。でもこれで作戦は終了だ。あとはダンデが納得してくれれば全て解決。ちらりと隣の様子を伺った。
「そうか」
ダンデは静かにそう言って立ち上がると、私が声をかける間もなくさっさと歩き去ってしまう。とっさのことに表情も見えず、それがどういう反応なのか全くわからない。
成功?それとも失敗?どっちなの?曖昧なまま一人取り残されてもやもやが止まらない。私はちゃんとキバナさんと同じようにやったはずだ。成功例があるのだから間違ってない。………そのはずだ。今日こそ解決できると踏んでいただけに上手くいったとは言えない状況にガッカリしてしまう。
私が思い悩んでいる間にダンデはどこかで用事を済ませてきたらしく小走りで戻ってきた。その腕の中には大量の赤と白の、……モンスターボール???とても嫌な予感に冷や汗がダラダラと背中を流れ落ちる。
「今日こそキミをゲットするぜ!!」
元気の良い声とともに飛んできたボールはいつも通りの豪速球。逃げる隙もないほどの暴力にあえなくボッコボッコにされて病院送りとなった。



病院の簡素な机の上で私は手紙を書いている。このレターセットはダンデが届けてくれたものだ。肩身が狭そうにお見舞いに来るダンデに私が頼んだ。申し訳ないと思っているならそもそもモンスターボールを投げないでくれと思ったが言ってもまた分かってもらえないのだろう。今度の今度はさすがの私も堪忍袋の緒が切れた。
現在、私は見事に全身に打撲を負い湿布まみれとなっている。頭にも何個かボールが当たったので念のために検査入院だ。過去最低の被害状況に私も強い危機感を感じている。
宛名をローズ委員長へと書き出した手紙に、今までダンデの所業を全て洗いざらい書きつける。そして、最後はこう締めくくった。

お宅のチャンピオンを殺人犯にしたくなければ、この悪癖をどうにか止めてほしいと