キスの日

「迎えに来たぜ!」
その人はリザードンの背から飛び降り颯爽と現れた。長い紫色の髪と臙脂色の乗馬服のしっぽが風になびく。バトルタワーオーナー、ダンデの登場にその場にいた全員が固まる。なぜなら、ここはバトルコートではなく高級料亭。偶然ダンデと出くわすような場所ではない。
そして何よりダンデの言い放った言葉が大問題だった。ここにいるのは私と同じ年頃の青年と、その両親達だ。結婚適齢期の男女と両親という取り合わせですぐに分かるだろう。今日はお見合いの日だったのだ。迎えに来ただなんて、まるで政略結婚からヒロインを救うヒーローのようなセリフだが残念ながら同意の上でのお見合いだ。気まずい沈黙が場に落ちる。私に向かって手を差し伸べるダンデを放っておく訳にも行かず私は仕方なく口を開く。
「えっと、何しに来たの……?」


当然、お見合いはその場で破談となった。ガラルの英雄の前とあって怒鳴られたり掴み掛かられたりすることはなかったが、ひしひしと感じる圧に私はペコペコと頭を下げることとなった。その間もダンデは私の傍から離れず何故か片手を握られていた。これでは私が不誠実なやつのように見えてしまうと引っこ抜こうとしたが抵抗する度に強まっていく握力に私の方が折れた。両親には何があったか知らないがちゃんと仲直りしなさいよと訳知り顔で言われた。
ものすごく嫌な予想なのだが、これは私がダンデと付き合っていて上手くいかなかった当てつけにお見合いを受けたと思われてないかな?絶対にそうだよね?
私が引き留めようとする前に、ダンデがご迷惑をおかけしましたと謝るものだから誤解に拍車がかかっている。こらこら、キミはどうしてそういう紛らわしいことを言ってしまうんだ。
さほど乗り気ではなかったとはいえ、今日のお見合いのために化粧やら着物やらいろいろと準備していたのは事実だ。私も邪魔をされてそれなりに怒っていた。すぐに帰ってしまおうと思ったが、ダンデは店員に声をかけると私の手を繋いだまま別の部屋へと連れて行ってしまう。仕事の関係でよく使うのか通された部屋は先ほどよりも格式が高そうな内装だ。さすがは権力者。ダンデは何か甘いものを、と店員に雑な注文をすると室内には私とダンデの二人っきりとなる。
「間に合って良かった」
とてもいい感じのムーディな雰囲気を出し始めるダンデには悪いが、私は特に待っていなかったし、むしろ来て欲しくなかった。そんな私の心情も知らずダンデはひとり語り続ける。
「オレがあまりにも遅いから、怒ってしまったんだよな。キミに相応しい男になってからと思っていたんだが………言わせてくれ」
胸の内ポケットからバカでも何が入ってるか分かるベルベットの小箱が出てきた。盛大に引き攣る私の頬に、一世一代の告白に赤みの差すダンデの頬。ふたりの気持ちは全く噛み合わないままにダンデは言った。
「結婚しよう」
「なんで??」
思わず思っていることがそのまま口に出た。私たちは付き合っている訳でもないし、付き合っていた過去もない。何の脈略もなしに結婚を申し込まれたところで、はいそうですかと受けられる訳がない。ダンデは私の反応が予想外だったようで目を大きく見開くと眉を垂れ下げた。
「オレたち、婚約しているだろう?そろそろプロポーズの頃合いかと思ったんだが」
「えっ、いつの間に婚約してたの?」
「まさか忘れたのか!ひどいな………」
表情を曇らせるダンデに私は慌てて記憶をたどるが、特に思い当たるような出来事はなかった。もしかして酒か?酒の入っていた時に何かやらかしたか?たびたび酒の席で記憶を飛ばすことがあるので、まさかその間に何かやらかしたのかと血の気が引いていく。
「キス………しただろう?」
「っ!?」
目を涙で潤ませてにらみつけられる構図は完全に、男心(?)をもてあそぶ悪い女である。酔った勢いでガラルの英雄様の唇奪うなんて、ダンデのファンに知られたら殺されてしまう。私は腹を括るしかなかった。ダンデの隣へ行き膝をつく。そして頭を床へと擦りつけた。
「大変申し訳ございませんでした!責任を取らさせてください!」
心優しいダンデは私の誠意を見て慌ててもういいんだと許してくれた。謝らせたい訳じゃないと、私の手を取って立ち上がらせてくれる。顔がいいダンデがすると、とても様になってドキドキした。
「困らせてすまない。だが、オレがキミのことを好きなのは事実だから覚えておいてくれ」
涙の滲む笑顔で言われたその言葉に私はフォーリンラブした。それが、私がダンデと結婚すると決めた理由だ。
泣かせた分たくさん笑わせてあげたいなと思っていた私はとてもバカだったとのちのち後悔することになる。


私は知らなかった。ダンデの言う婚約が幼い頃におままごとでしたキスのことをさしているということを