ストレス社会の中で膨大な仕事量に追われ、胃をキリキリさせながら日々を過ごす社会人たち。私もその他大勢の中のひとりだ。しかしながら他の人とは違うものがある。それは癒しだ。
普段なら締切直前のトラブルに備えて残業をするところだが、今日は定時ダッシュを決め込んだ。周りからの冷ややかな視線を振り切り向かった先はスーパーだ。ここ最近はコンビニ弁当で済ませていたので冷蔵庫はすっからかである。メニューを考えながら食材を放り込んでいくとすぐにカゴがいっぱいになった。重たい重たいと呻きながらレジへと運び、薄っぺらいお財布から少なくはない金額を吐き出す。疲れている時はそれに比例して金遣いも荒くなる。まあその分美味しいものを食べれると思えば無駄遣いではないのだ。仕事終わりの疲れた体に鞭を打ち大量の食材をせっせと持ち帰った。
「ただいま」
一応、声を出したものの誰もいないのは分かりきっているので返事を待たずにのそのそと上がる。スーツ姿で料理するのは気が引けたので、辛うじて洗濯機の中で乾燥をかけていたTシャツを一枚拝借して着替える。ついでに部屋に脱ぎ散らかしていた寝巻きを回収し自分のYシャツとともに放り込んだ。
時計を確認すると彼が帰宅するまであと一時間くらいだろうか。余裕がないので散らかったままの部屋は一旦放置することにして、先に夕飯の支度に取り掛かる。私も身体的に疲れてはいたが、もうすぐ会えると思うと心が弾んでしまって鼻歌さえ歌ってしまう。
テキパキと品数を増やしていくとあっという間に時間が過ぎた。玄関からガチャガチャと音が鳴ってようやく家主さまが帰ってくる。ただいまもなくフラフラとリビングに入ってきた彼の目元を確認すれば大きな大きなクマちゃんがいる。これは相当疲れているなあ。
「ダンデくん、お疲れさま」
手を止めて声をかけると視線がユラユラと私のいる方へ向けられるが反応は薄い。早々に自力でお風呂は無理だなと判断して料理は一旦中断することにした。
幼い子のように手を引くと後ろをついてくるダンデくんを脱衣場まで連れてきてヨレた服を脱がす。普段なら下ネタのひとつやふたつ囁いて押し倒してくるところだが今はされるがままだ。こうなってくるとペットのお風呂のような気分なので私にも羞恥心はない。遠慮なくガッシガッシと丸洗いにしたら、清潔感のある香りのダンデくんになった。長い髪をドライヤーで乾かしてあげると眠そうにパチパチと目を瞬かせるので、頬っぺをぺちぺち叩いてご飯がまだだと起こす。
どうにか食卓につくことはできたが、うつらうつらするダンデくんは今にもテーブルに突っ伏して大惨事になりそうなので付きっきりであーんして食べさせてあげる。お腹は空いているようで目を閉じながらもちゃんと食べてくれたのでいい子いい子と褒めたらあとはもうベッドへ連れていくだけだ。
「ダンデくん!私は運べないから自力でお願い〜!」
「ん………………」
イスで寝ようとするダンデくんをなだめすかしてどうにかベッドまで移動してもらったら三秒も経たずに寝息が聞こえてくる。全く手がかかるんだから。私も疲労で眠気が襲ってくたので簡単にテーブルの上を片付けてダンデくんの横に潜り込んだ。
「おはよう」
優しい声と髪を梳く手に意識を浮上させられて、寝ぼけ眼で薄らまぶたを持ち上げると眉を垂らしたダンデくんがいた。
「昨日は迷惑をかけてすまない」
しっかり睡眠をとって回復したようで昨日の面影はない。いつものシャキシャキしたダンデくんだ。私が好きでしてるんだから謝らなくていいのになと思って言葉を返そうとするがモニョモニョと呂律が回らず上手くいかない。
「ふふ、待っていてくれ。いつものを持ってくる」
言いたい事は分かっているとばかりに私の頭をポンポンしたダンデくんはリビングへパタパタと駆けていく。私はそんな優しさに甘えてまだベッドしがみついて待つ。
十分ほどで帰ってきたダンデくんの手にはマグカップが握られている。それを見た私は嬉しくなってバッと起き上がる。ダンデくんはそんな私にまた少し笑って、熱いから気をつけてと言いながらマグカップを手渡してくれる。
中身はただのホットココアだ。市販で売っている粉を溶かしてマシュマロを浮かべたやつ。特別でも何でもない。ただダンデくんが入れてくれたというだけだ。
でもそれが私は一等好きなのだ。熱くてフーフーしながら飲む私をニコニコ見つめるダンデくんと過ごすこの時間が癒しだから。この一杯分のホットココアのために頑張っていると言っても過言ではない。
「キミは本当にココアが好きだなあ」
「……うん、大好きよ」