うちにはスタンプカードという制度がある。たとえばデートをドタキャンした時やゴシップ誌にすっぱ抜かれた時にひとつ押してくれる。これは心の怒りスタンプラリー☆ということではなく、本当に物理的に貯まるのだ。事が起こるとダンデくんがしょんぼりした顔でリザードンがひのこを吐くスタンプを押す。カードも勿論お手製だから左上に元気の良い文字でダンデカードと書かれている。
何故こんなことをしているのかというと、私にもよく分からない。ただ私に迷惑をかけたとジメレオンのごとき鬱陶しさが面倒だったのだ。いくら仕方ないよ、もう気にしていないからと言っても頑固者すぎて聞き入れてくれないダンデくんにブチ切れてスタンプカード制度の導入を宣言した。二十個貯まるとひとつ私の願いを聞いてもらうという約束になっているのだ。あの性根がねじ曲がっているとしか思えない迷子癖のおかげでみるみるうちにスタンプが貯まり、初回はバカ高いレストランに連れていってもらった。ダンデくんの財布にはノーダメージだったみたいだけど。ともかくスタンプカードのおかげでダンデくんの罪悪感も少し和らいでくれたようだ。
これであのバカバカしい、
『怒ってるか? 怒ってるだろう?』
『さっきまで怒ってなかったけど、鬱陶しすぎて今キレた』
『やっぱり怒ってるんじゃないか!』
というやり取りもしなくて済む。やはり平和が一番だ。
そしてまた今日も一枚スタンプが貯まってしまった。私の前で体育座りをして待つダンデくんは死刑囚さながらの表情だ。それもそのはず今回の件に関しては私も笑って流せないレベルだった。
ワイルドエリアの、それも高レベルのポケモンの生息地となっている場所でキャンプをしようとダンデくんから誘われた。理由は綺麗な星空を見せたいとかそんなのだったと思う。私も一応ジムチャレンジを経験したとはいえ、そんな場所でキャンプが出来るほど相棒を鍛えている訳ではないので不安だった。だからダンデくんに保険でハーネスを付けてくれとお願いしたのに断られたのだ。
『オレはそんなに子どもじゃないぜ』と
むくれてそう言う彼に私もさすがにやり過ぎかなと反省した。ダンデくんだって危険地帯だと分かっている。そんな場所で私を一人っきりにするほど無責任じゃない。私は何故か信じてしまい、結果一人取り残され恐怖に震えることになったのだ。激おこである。
大体からしていつもそうだ。幼い頃に親元から離れてチャンピオンとして忙しい日々を送っていた代償なのか、大きな図体に反して言動が子どもっぽい所がある。付き合いたての頃は親しい人にしか言わないワガママが可愛いなどと気がとち狂っていたが、正気に返った今となってはもう少し大人になって欲しい。ひそかにジムリーダー達の間でダンデの保護者と呼ばれているのを私も知っているんだぞ。そんな訳で諸々の不満が溜まっていた私はこのスタンプカードを使って横暴の限りを尽くすことを決めていた。
「よし、今回のお願いは赤ちゃんプレイで」
私のお願いを聞いたダンデくんはバッと顔を上げて驚き、やがて意味を理解すると頬を赤く染めた。キミは面倒見が良いと思っていたがそんな趣味がとごにょごにょ呟いている彼は自分が赤ちゃんになる気である。即座に嫌だと言わないあたり満更でもなさそうだ。知らなくていいことを知ってしまった。
「えーっと訂正すると、ダンデくんがママで私が赤ちゃんだからね?」
「え?」
つまりいつも好き勝手するダンデくんに付き合っているんだからたまには私も世話をやかれたいということだ。もちろんダンデくんがちゃんとママとしての役割を果たせるとは私も思っていない。ただの嫌がらせである。
「なんでもしてくれるんじゃなかったっけ?」
念押しするようにそう言うとダンデくんはむむっと呻きながらも了承した。負けず嫌いを上手く刺激できたようで完璧なママになってみせるぜと宣言するダンデくんの姿に、面白いことになりそうだとこっそりロトムに撮影を頼む。
「オレの天使ちゃん、ママがよしよししてやるからな!」
「ちょっと、天使って…………っ!?」
いきなりぶちかましてきた天使呼びに笑っていたら、スっと膝裏に手を入れてお姫様抱っこの体勢にされていた。さすがに鍛えているだけあって安定は抜群。まるで幼い子を寝かしつけるように軽く揺すられながら背中をトントンと叩かれる。
「…………ねえ、これ恥ずかしいから降ろして」
ダンデくんを揶揄って遊ぶつもりがこれでは私の方が面白がられてしまっている。腕を叩いて催促するがダンデくんは素知らぬ顔で私をあやし続ける。
「赤ちゃんはまだ喋れないんだぜ。ほら、可愛い声を泣いてくれ」
ダンデくんはすっかりママ役に乗り気になってしまったようで赤ちゃん言葉で話せと強要してくる。しかしながら私は理性をしっかり保った大人で、もちろん羞恥心もある。ニコニコと私を見つめるとダンデくんは実に楽しそうだ。つまり私は盛大に墓穴を掘ってしまったということになる。
「私が悪かったから許して…………」
「許すも許さないもオレはキミのお願いを聞いているだけだぜ」
こうなれば頑固なダンデくんは意地でも私がばぶばぶ言うまで離さないだろう。一回だけ、一回だけだからと覚悟を決めて口を開いた。と、その時開けっ放しだった窓から表を歩く親子の会話が聞こえてきた。
「やだ、ダンデくん窓閉めて」
「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもキミは赤ちゃんなんだから泣くのは当然のことだろう?」
ピシャリと私の要望を跳ね除けると上機嫌で鼻歌を歌い出しながら私を抱えた腕を緩く揺らし続ける。この分だと窓を閉める気はさらさらない。しかし私もご近所さんにこんなことをしていたとバレたらここに住んでいられなくなってしまうのだ。必死で許してくれと縋りつくとようやくダンデくんも譲歩してくれた。
「仕方ないな。黙っていられるようにおしゃぶりでもしようか?」
当然、赤ちゃんプレイをしようと言い出したのは単なる思いつきでしかないので小道具は用意していない。どうするのだと見つめるとダンデくんは親指で私の唇をぷにぷに押した。
「上手にしゃぶれたら今日はおしまいにしような?」
終わりの言葉に釣られて私はダンデくんの指を口に含んだ。どうすれば満足してくれるのか分からなくてチラチラと様子を伺いながら懸命に吸い付く。視線が合うとダンデくんはうっとりと微笑んで、親指をさらに奥へと入れてくる。
「〜〜っ!」
こんなのママと赤ちゃんがすることじゃない。悪いことをしているような気分にさせられてしまう。心臓がドクドクと早鐘を打って体が火照ってくる。期待するようにダンデくんの腕をギュッと掴んだ。
「悪い子だ。お仕置が必要かな」
その言葉に私は黙ったままこくりと頷いた。