オレのもの

「キミ、人のものに手を出すのはマナー違反だぜ」
 呼んでもいないのに颯爽と長い髪を靡かせて現れたダンデくんは開口一番にそう宣った。
 とりあえず訳わからないなあ、頭大丈夫かなというのが私の感想ではあるが状況的にお隣の彼はそう思わないだろう。みるみるうちに赤くなっていく顔を薄目でながめながらまたダメだったかと内心ため息をつく。
「チッ彼氏いるなら先に言えよ」
 そう言い捨てて早歩きで去っていく後ろ姿に彼氏じゃないんですと言い訳をしてもさらに怒らせるだけなので黙って見送る。
 これで通算何回目だろうか? 十回を過ぎたあたりからだんだん数えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまってもうカウントすらしていない。
 最初は仕事が忙しすぎて彼氏が出来ない、紹介してくれと泣きついた私に同情的だった友人達もデートの顛末を聞くと生ぬるい笑みで素直になりなよと言ってくる始末だ。今回だって頼みに頼んでようやくセッティングしてもらったというのにこのザマだ。もう泣きたい。
「全くキミはすぐにフラフラしてしまうから目を離せないな」
 助けてやったと言わんばかりの笑顔で傷心中の私に話しかけてくるダンデくんは空気を読むということを知らない。そもそもオレが場の空気だと言い張るようなオーラを出しているからそんなことを期待するだけムダかもしれない。
 一応、説明しておくが私はダンデくんと付き合ったこともなければ好きだと言われたこともない。
 つまり、ただの幼馴染だ。
「あのね? 何回も言ってると思うけど私は今から大事なデートだったのね? 邪魔しないでくれるかな?」
 感情を一切セーブすることなく思うままにダンデくんに怒りをぶつける。私は被害者なのだから許されてしかるべきだ。
「オレも何度でも言うが、自分のモノを人に貸すのは嫌いだ。デートならオレが付き合うと言っているだろう」
「違うの! 私は遊びに行きたいんじゃなくて彼氏とデートしたいんだってば!」
「じゃあ付き合えばいい」
 それで全て解決だとなんかいい感じに収めようとしてくるがそうはいかない。
 ダンデくんが付き合うと言い出したのは私に好意があるからではなくて、恋人なんて至極どうでもいいと思っているからだ。それで私が言うことを聞くなら名ばかりの恋人の座くらいくれてやるということに違いない。
 一体全体、何様なんだ。誰も彼もが自分のことを好きだと思わないでよ。
 キッと睨みつけて提案を跳ね飛ばした。
「私のことを好きでもない男と付き合うほど考え無しじゃない」
「随分な言いようだ。好きじゃなければオレのものにしたりしないぜ。愛情表現が足りなかったか?」
 ダンデくんはワガママを言う子供をあやす様においでと言うと両手を広げた。
「さあ、キミをたくさん愛でさせてくれ」
 流石はガラルの抱かれたい男ランキング殿堂入りのイケメンだ。よく絵になる姿にぐらりと私の中の何かが揺らぐ。
「…………嫌よ。大体からして私はダンデくんのものじゃない。勝手に決めつけないで」
 ダンデくんのせいで私は苦労させられているのだ。ちょっとやそっと甘い言葉を掛けられたくらいで許してやっては私の立場がない。
 拒否する構えの私にダンデくんは不思議そうに首を傾げた。
「忘れたのか? ちゃんとモンスターボールを渡しただろう? まさか無くしてないよな?」
 それに何の関係があるんだ。そう思いながら記憶を遡ってみる。ダンデくんからボールなんてもらったことなんてあっただろうか。
「…………初めてポケモン捕まえる時にくれたやつ? そんなのもう使っちゃったよ」
 そういえば何かダンデくんがキミにと言ってひとつくれたような気がした。自分も使うのに何でくれたんだろうと不思議に思ったような記憶が薄らある。きっと初めての相棒を捕まえる時に投げたうちのどれかだろう。
「酷いな。キミ用のボールだったのに」
 また訳の分からないことを言い出したダンデくんに呆れてしまった。
 前からバトル馬鹿だとは思っていたけれど彼の中では自分以外の人間が全てポケモンのように見えているのだろうか。困ったものだ。
「私はポケモンじゃないからボールになんて入らないわ」
「でも、キミは受け取った」
 言葉尻に被せるようにしてダンデくんは言った。
 人好きする笑顔に日光に反射して輝く瞳は全くいつも通りなのにどこか薄ら寒く見えるのは何故だろう。
「育成方針を変えなければいけないな。オレはのびのび育って欲しいから放し飼い派なんだが、……あんまりやんちゃが過ぎるようなら室内飼いにしなければ」
 私が避ける前に伸びてきた手が手首を掴む。今まで一度だってそんな乱暴なことしたことないのに食い込む指が痛いくらいだ。
 明らかにおかしい様子に離してくれと訴えかけるが、もはやダンデくんは私の言葉なんて聞いていなかった。
「飴と鞭の使い分けは難しいな。キミを可愛がるあまり甘やかしすぎたようだ」
 私はポケモンじゃないという言葉は誰にも届かず消えてなくなった。