スタッフに誘導されて緊張と期待に胸を高鳴らせながらブースに入ると彼が満面の笑みで迎え入れてくれた。
「やあ、来てくれてありがとう!」
他に幾人ものファンに会うだろうにキラキラの笑顔は一点の曇りもない。さすがはプロだ。
最推しのダンデさんに真正面から見つめられて無事なファンがいるだろうか? 少なくとも私はあまりの尊さのあまりに涙が溢れてきそうだ。しかし泣いていては短い逢瀬の時間が台無しになってしまう。
グッと堪えて私も彼のファンサへの礼儀として笑顔を向ける。
「私、ダンデさんが大好きです! いつも応援してます!」
近づくと手のひらを差し出してきて私は恐る恐る手を重ねた。私よりも少し体温の高い手が私の手を包み込んで心臓がうるさいくらいに鳴る。ダンデさんに聞こえてやしないかと心配になるほどだ。
もう一生手を洗わないと子どものようなことを考えているとダンデさんが私に視線を合わせるように屈んだ。
「ふふ、嬉しいな。オレも大好きだぜ」
それはまるでドラマのワンシーンのように甘い声で、思わず悲鳴のような声が漏れた。クリーンなイメージで売っているダンデさんはグラビアには出ないから、こんなに色気を出している姿は初めて見る。つまり対策不足、いや対策してても無理だ。ファンサの過剰供給が過ぎる。こんなことをしていてはガチ恋勢でガラルは埋め尽くされてしまう。
私は惚けながらダンデさんを見つめ続ける。ここに来るまでにダンデさんに伝えたいことをたくさん考えてきたけれど全て吹き飛んで頭の中が真っ白だ。
ダンデさんはそんな私に可愛いなとクスクス笑った。
「しばらく来てなかったから心配したんだぜ? 飽きられたかと心配になった」
「えっ、あっ、私のこと覚えて……?」
今まで握手会は何度か来たことがあったが、倍率が物凄いのでそう回数は多くない。まさか認知されているとは思っていなかったので慌ててしまう。
「もちろん、この前はファン感謝祭の時だろう?」
「は、はい! すみません、あれからチケットが取れなくて……飽きたとかないですから! 私はずっとずっとダンデさん一筋ですから! 何なら毎日、録画した試合の動画見てます!」
勢いあまって聞かれてもいないのに自分がどれだけ限界オタクかを語ってしまった。恥ずかしいけれど流行に流されやすい、にわかオタクだと思われたくない。私はダンデさんを見るために仕事してお金稼いでその大半を貢いでいるのだ。どれだけ愛が深いのか知っていてもらいたい。
ダンデさんはそんな私に良い子だと頭をポンポン撫でた。
「キミが毎日オレを見てくれているのは知っているぜ。お気に入りの動画は三年前のキバナとの試合だ。あれは良いバトルだった。今度ばかりは負けてしまうかとヒヤヒヤしたのを覚えてるぜ」
私しか知り得ないことがダンデさんの口から出てきたことに妙な胸騒ぎがした。そんな話した記憶はない。いつも大体この前のバトルが好きだとか次の試合を楽しみにしてるとかそういう話ばかりで、自分のことなんて語らない。だから知っているはずがないのだ。
「……なんで、知ってるんですか?」
恐る恐る問いかけた私にダンデさんは握ったままの手にギュッと力を込めた。
「キミのことなら何でも知ってるさ。先週の土曜日は新しいリーグカードパックを買いに行っていただろう。ずっと動かないから心配になったんだが、オレのカードを出すために並んでくれていたと分かって嬉しかったよ。すぐにでも駆けつけて早朝の寒さで冷えた体を温めてやりたかったな。その前の週は合コンに行っていただろう。あの時のワンピースとてもよく似合っていたぜ。キミの一途さは信じていたが、相手の男達がキミにのぼせ上がって変な気を起こさないか気が気じゃなかった。趣味の話になってオレの話をし始めたキミが饒舌すぎて周りから遠巻きに見られているのが可愛かったな。知っているか? オレの話をする時のキミが一番キラキラした笑顔を見せるんだ。あの笑顔を見るとすごく愛されている気がして好きだぜ。ガラル中の人達にいいだろうと見せびらかしたい気持ちとオレだけが見れるように隠し込んでしまいたい気持ちに駆られて悩むな。キミはどう思う? 隠し込むと言ってもそう狭いところに押し込む訳じゃない。郊外に広い家を建てさせよう。オレとキミだけの愛の巣だ。他の人間とは会いづらくなるが、キミの大好きなオレがいるんだ。それだけで満足だろう? きっとそうだ。オレもキミがいてくれて、あとバトルができればとても幸せなんだ。誰にも邪魔されずキミを愛でることができるのは魅力的だな。うん、さっそく物件を探してみよう。…………ああ、もう時間か。楽しい時間は過ぎるのが早いな」
ダンデさんは黙り込む私にお構いなしに話し続けたが、面会時間を伝えにスタッフが戻ってくると残念そうにしながらもようやく手を離した。
逃げるように足早に去ろうとした私の背中にダンデさんの声が飛んでくる。
「どこにいても迎えに行くぜ」
それは砂糖を溶かしたように甘ったるい声音だったが、まるで脅迫のように聞こえた。