「いつまでむくれているんだ? せっかくキミが好きそうなケーキを選んできたのに」
バトルタワーの執務室から繋がる窓のない一室。施設の設立当時から働く私でさえ、こんな部屋があるとは知らなかった。
ダンデさんが話すには前の所有者であるローズ社長が自身のポケモン達を遊ばせるために作ったらしく、広くて作りも丈夫そうだ。そんなだだっ広い空間にポツリと置かれた大型ポケモン用の檻は異様である。
ダンデさんは外側にいて、私は内側にいる。もちろん好き好んで檻に入る趣味はないので、目の前の人に勝手に閉じ込められたという訳だ。
「……いりません。こんな所で食べたって美味しいとは思えませんから」
「分からないな。どこだって味は変わりやしないだろう」
ダンデさんは心底不思議そうにそう言うと、ショートケーキにフォークを突き刺し一口食べた。甘ったるいなと文句をつける姿はどこも変わったところなんてなくて、何でこんなことになってしまったのかと考えると泣きそうだ。
私とダンデさんは別に仲が悪かった訳ではない。むしろその逆で、失礼を承知で言うと兄妹のように可愛がってもらっていたと思う。
ジムチャレンジの戦績を買われてリーグスタッフに就職し、ブラックナイトの事件後にはダンデさんのお膝元であるバトルタワーへと引き抜かれた。まともに話を交わすようになったのはこの頃からで、元々ダンデさんの大ファンだった私は仕事にかこつけて引っ付いて回った。
そういう邪な気持ちもあったとはいえ、ダンデさんの的確なアドバイスと彼に認められたい意地で私の実力はみるみるうちに成長した。強くなれば強くなるほどダンデさんは私に構ってくれるようになり、私は夢中でバトルに没頭した。
『試したい戦術があるんだが、次の休みにキャンプなんてどうだろう?』
ついにはプライベートな誘いまで受けるようになった時には天にも昇る気分だった。二つ返事で行きますと答えて、三日も前から楽しみすぎてよく眠れなかった。
結局は仕事に繋がることなのだから、期待しすぎてはいけないことは分かっている。でもプライベートにまで踏み込ませてくれるなんて、特別だって勘違いしても仕方がないじゃない。
『この前付き合わせてしまったお詫びに食事をご馳走させてくれ。キミは甘い物は好きか?』
紳士的なダンデさんはフォローも抜群に上手くて、むしろこっちがお礼をしたいくらいだと遠慮したのにご飯に連れて行ってくれた。場所は今話題のカフェで、私でも気兼ねせずに入れるような店だ。
ダンデさんもこういう店に来るんだなあと思っていると何故かひどく居心地が悪そうにしていて、どうしたのだと聞くとダンデさんは恥ずかしそうに女性向けな店だとは知らなかったんだと呟いた。
『……すみません。私に気を遣ってくださったんですよね』
『いや、元々キバナに女性が好きそうな店を教えてくれと言ったのはオレだしな』
『そんな、良かったのに』
『キミに喜んで欲しくてしたことだから素直に受け取ってくれると嬉しいぜ。ただオレを置いていかないでくれよ?』
ダンデさんは茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばすと私の右手を取った。ダンデさんが何ともなしに繋いだままにするものだから今度は私がいたたまれなくなってしまって大変だった。
元々好意を抱いていた相手にこんなことをされて、恋に落ちるなという方が理不尽だろう。もちろん身の丈に合わないことは百も承知で、いつか無惨に散らされてしまう覚悟はしていた。
ダンデさんの態度も年頃のレディというより近所の妹分のような感じで周りのスタッフ達からも微笑ましく見られていた。まあよくある嫌がらせのようなものも全くと言ってなかったのだからそれが事実だろう。多くは望まない。今の距離感で十分過ぎるほどなのだから。
『キミはマサルくんと仲が良いのか?』
何かが変わったきっかけがあるのだとすれば、たぶんこの一言からだ。
現チャンピオンのマサルくんは私の再従兄弟で少しだけ面識があった。とは言っても向こうも私もさして興味を持っていなかったので、まともに会話するようになったのはバトルタワーに勤めるようになってからだ。
マサルくんと互角のバトルが出来ると言ったらダンデさんとジムリーダーくらいなもので、それぞれ忙しさを考えるとバトルタワーへ来るのが一番早い。となると必然的に私もよくバトルをすることになり、そういえば見知った顔だとマサルくんが気づいて話すようになった。
マサルくんもまたダンデさん並みのバトルジャンキーで、強くなった私に興味を持ったようだ。さらにはダンデさんから直接指導を受けると聞いてとても羨ましがられた。私としてはダンデさんが全力で相手をしてくれる実力を持っている方が良いなあと思うのだけれど
『仲が良いというか親戚ですので』
『その割にはいつも何か話していたように思うが』
『私が強くなってたのが気になったみたいで。昔は全然、興味なさげだったのに現金なやつですよね』
私的には笑い話のつもりで言ったのだけれど、ダンデさんはそうは思わなかったのか表情が浮かないままだった。
マサルくんが私に構うのがそれほど気に入らないのだろうか。確かにマサルくんはダンデさんからチャンピオンの座を勝ち取るくらい強くて戦いごたえがあって楽しいのかもしれない。でも、私だって努力してるのにマサルくんばっかりずるい。
そう思いかけたところで慌てて首を横に振って思考を霧散させる。人を妬むのはよくない。マサルくんはマサルくんで人知れない努力の上にあの強さが成り立っているんだ。私のように中途半端な気持ちでいるような人間がどうこう言う権利なんてない。
それからは私も必死だった。ダンデさんから飽きられないように強くなることに執着した。
伸び代をすっかり使い果たしてしまった私は何をやってもあまり効果が出ずに心をささくれ立たせながらも新しい戦法を試してまた失敗してを繰り返した。
ダンデさんは根を詰めすぎだと言って息抜きにバトル以外の用事にも誘ってくれたけれど、それに応じる余裕すらもなかった。もはやこうなると誰かれ構っていられずマサルくんのところにまで押しかけて教えを乞うた。
閉じ込められる前の最後の記憶は、マサルくんも忙しいのだからあまり訪ねるのはよくないとダンデさんから苦言を呈されたところだ。
『すみません。気をつけます』
『マサルくんに頼まなくてもオレが見てやるから大丈夫だ』
『……ありがとうございます。本当に、すみません』
人の迷惑になるようなことをしてしまったんだと思うと自分が情けなくて仕方がない。ダンデさんに気に入られたくて頑張ったつもりなのに、結果的には真逆な行動を取ってしまった。
足掻いても足掻いても結局は手に届かない人なんだ。
こんなことでメソメソするなんて社会人として失格だと分かっていても潤む涙腺は止められない。泣き顔を見られたくなくて、ダンデさんが出してくれたコーヒーを飲んで誤魔化した。
たぶんその中に睡眠薬か何かが入っていたんだと思う。目が覚めれば大きな檻の中で大量のクッションの中に埋もれていた。
突然の事態に混乱で頭がよく回らない私がそれでも泣き叫ばなかったのは信頼するダンデさんがすぐ傍にいたからだ。
『王子様は助けに来ないぞ?』
檻の向こう側からそう言ったダンデさんは優しく微笑んでいた。
私もその一言で誰が犯人かも分からないほどバカじゃない。何で、どうしてと思う気持ちはあれど悲鳴を上げて人を呼ばないくらいには理性が残っていた。
理由も聞けないままに行き場のない思いは涙になって溢れる。ダンデさんは私の前にしゃがみこむと檻の隙間から手を差し込んで拭ってくれる。
『キミがいけないんだ。マサルくんに夢中になるから』
『そんな! 私はダンデさんを――』
『好きだった、だろう?』
まさか気づいていたのかと驚いて見つめると、あれだけ態度に出ていれば分かるとダンデさんは答えた。
『キミは元々チャンピオン、ダンデのファンだっただろう。たまに休暇申請を出して試合にも来ていた熱心さだ。だからオレ以外に目を向けるはずもないだろうと驕っていた。マサルくんとキミの関係を知るまではな。結局、キミは強ければ誰でも良かった訳だ』
『誤解です! マサルくんとはただの親戚ですし、度々会いに行っていたのだってダンデさんのために強くなりたくて!』
檻にしがみついて必死に弁解する私にダンデさんは冷ややかな目を向ける。私が何を言ったところで本気にしてもらえないのは明らかだった。
『知ってるか? オレはガラルの英雄と言われる反面、魔王もよく似合うと言われているそうだ。お姫様を囲う悪役だって立派に務まるだろう』
『そんなことないです! ダンデさんは私にとって憧れのヒーローで、』
『この場合、マサルくんはキミを助けに来る王子様か。まあ奪い取られる気はサラサラないがな。同じ相手に二度も膝をつかされるほどオレは安くないぜ』
ダンデさんは昔話に出てくる悪役のように間抜けな真似はしないと言った。
その後どんなに言葉を尽くして、私はダンデさんを思っているんだと伝えても檻から出してもらうための嘘としか受け取ってくれなくて機嫌を損ねるばかりだった。やがて私が大人しくなると今度は迎えは来ないと繰り返し刷り込むように言い続けた。私が本当に迎えに来て欲しい人は、檻の鍵を持って目の前にいるのにね。
今日もまた彼はありもしない王子様の幻影から私を囲っている。私がお姫様なんかじゃなくて、彼もまた魔王なんかじゃないことには気づく素振りもない。
なんて報われない恋なんだろう。